書証(文書等を証拠とする場合)の申し出は、「文書を提出し、又は文書の所持者にその提出を命ずることを申し立ててしなければならない」と定められています(民事訴訟法219条)。つまり、 民事訴訟法は、手元にある文書は提出し、手元にない文書は文書提出命令を申立てなさい、と定めています。この様に民事訴訟では、書証について所持している文書は提出し、所持していない文書は提出命令を申し立てる、という2つのパターンが用意されているということになります。
ただし、文書送付嘱託という例外もあります。民事訴訟法226条本文は、「書証の申出は、第二百十九条の規定にかかわらず、文書の所持者にその文書の送付を嘱託することを申し立ててすることができる」と定めます。
ここでは文書提出命令についてご説明します。
なお、文書提出命令は民事訴訟条の制度ですが、弁護士齋藤理央の民事訴訟業務の内容については、下記リンク先ページをご覧ください。
なお、著作権をはじめとする知的財産権訴訟には文書提出命令について権利者により有利な特則が置かれています。詳細は下記リンク先のWebページをご確認ください。
目次
文書提出命令の申立て
文書提出命令にあたって、申立人が明らかにしなければならない事項が法定されています。
民事訴訟法第二百二十一条
1 文書提出命令の申立ては、次に掲げる事項を明らかにしてしなければならない。
一 文書の表示
二 文書の趣旨
三 文書の所持者
四 証明すべき事実
五 文書の提出義務の原因
2 前条第四号に掲げる場合であることを文書の提出義務の原因とする文書提出命令の申立ては、書証の申出を文書提出命令の申立てによってする必要がある場合でなければ、することができない。
文書提出義務
民事訴訟法は、文書の所持者が文書提出義務を負う場合を定めています。
民事訴訟法 第二百二十条
次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。
一 当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するとき。
二 挙証者が文書の所持者に対しその引渡し又は閲覧を求めることができるとき。
三 文書が挙証者の利益のために作成され、又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき。
四 前三号に掲げる場合のほか、文書が次に掲げるもののいずれにも該当しないとき。
イ 文書の所持者又は文書の所持者と第百九十六条各号に掲げる関係を有する者についての同条に規定する事項が記載されている文書
ロ 公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの
ハ 第百九十七条第一項第二号に規定する事実又は同項第三号に規定する事項で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書
ニ 専ら文書の所持者の利用に供するための文書(国又は地方公共団体が所持する文書にあっては、公務員が組織的に用いるものを除く。)
ホ 刑事事件に係る訴訟に関する書類若しくは少年の保護事件の記録又はこれらの事件において押収されている文書
ハ号文書
「民訴法一九七条一項三号所定の「技術又は職業の秘密」とは、そ の事項が公開されると、当該技術の有する社会的価値が下落しこれによる活動が困 難になるもの又は当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるものをい うと解するのが相当である」(最高裁平成11年 (許)第20号同12年3月10日第一小法廷決定・民集54巻3号1073頁)。
ニ号文書
「ある文書が、その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至 るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作 成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であって、開示されると 個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害された りするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると 認められる場合には、特段の事情がない限り、当該文書は民訴法二二〇条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たるということは、当審 の判例とするところである(平成一一年(許)第二号同年一一月一二日第二小法廷 決定・民集五三巻八号登載予定)」(最高裁平成11年 (許)第20号同12年3月10日第一小法廷決定・民集54巻3号1073頁)。
ホ号文書−刑事事件に係る訴訟に関する書類
文書提出命令においてしばしば問題となる文書が捜査機関などが保有する刑事事件に関する書類です。関係規定も刑事訴訟法条の規定を含め、複数にわたります。
刑事訴訟に関する書類は、捜査への影響や関係者のプライバシーへの配慮などから、非公開の要請が働きます。さらに、民事訴訟法220条4号に該当せず、したがって民事訴訟法220条1号から3号にも該当しない場合は非公開の利益が優越することは明らかです。しかし、民事訴訟法220条1号から3号の文書に該当する場合は、非公開の要請と民事訴訟のための公開(文書提出命令)の要請が背反することになります。このとき、非開示の要請と開示の要請をどのように調整するか、という問題が生じます。
刑事訴訟法47条
刑事訴訟法47条本文は、「訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない」と定めます。また、同条但書は、「但し、公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りでない」 と定めます。
刑事訴訟法第53条の2
1 訴訟に関する書類及び押収物については、行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成十一年法律第四十二号)及び独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律(平成十三年法律第百四十号)の規定は、適用しない。
2 訴訟に関する書類及び押収物に記録されている個人情報については、行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(平成十五年法律第五十八号)第四章及び独立行政法人等の保有する個人情報の保護に関する法律(平成十五年法律第五十九号)第四章の規定は、適用しない。
3 訴訟に関する書類については、公文書等の管理に関する法律(平成二十一年法律第六十六号)第二章の規定は、適用しない。この場合において、訴訟に関する書類についての同法第四章の規定の適用については、同法第十四条第一項中「国の機関(行政機関を除く。以下この条において同じ。)」とあり、及び同法第十六条第一項第三号中「国の機関(行政機関を除く。)」とあるのは、「国の機関」とする。
4 押収物については、公文書等の管理に関する法律の規定は、適用しない。
最高裁平成15年(許)第40号同16年5月25日第三小法廷決定
刑事公判には提出されなかった文書は、例えば民事訴訟法220条3号の法律関係文書に該当するとしても、その提出に当たっては、刑訴法47条による非公開の要請に基づく制約を受けることになります。刑事訴訟法47条所定の「訴訟に関する書類」を公にするか否かの判断は、その保管者の合理的裁量にゆだねられていると解され、保管者が当該「訴訟に関する書類」を公にすることを不相当と認めて提出を拒否した場合には、裁判所は、保管者による当該「訴訟に関する書類」の提出の拒否が、その裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用していると認められる場合に限って、民訴法220条3号後段の規定に基づき、その提出を命ずることができると解されています。
後掲 令和2年3月24日 最高裁判所第三小法廷裁判 決定(令和1(許)11 文書提出命令等に対する許可抗告事件)は、最高裁平成15年(許)第40号同16年5月25日第三小法廷決定・ 民集58巻5号1135頁を以下のとおりまとめています。
民訴法220条4号ホ所定の「刑事事件に係る訴訟に関する書類」に該当すると解され(最高裁令和元年(許)第12号同2年3月24日第三 小法廷決定参照),同号に基づく提出義務があるとはいえない。もっとも,上記文書が法律関係文書に該当すれば,これが刑訴法47条所定の「訴訟に関する書類」 に該当するとしても,その保管者による提出の拒否が当該保管者の有する裁量権の 範囲を逸脱し又は濫用するものである場合には,裁判所は,その提出を命ずること ができる(最高裁平成15年(許)第40号同16年5月25日第三小法廷決定・ 民集58巻5号1135頁参照)。 |
鑑定嘱託書・鑑定書
下記の事案では、最高裁判所は、「被告事件若しくは被疑事件に関して作成 され又はこれらの事件において押収されている文書等であれば当然に刑事事件関係 書類に該当すると解するのが相当である」と述べています。
そして、個別の検討を加えて、「裁判官の許可を受けてした解剖に関して作成した鑑定 書等及び上記解剖に関して上記の者が受領した鑑定嘱託書その他外部の関係先から 受領した資料」について、民事訴訟法220条4号ホ「刑事事件に係る訴訟に関する書類」に該当しないと判示した原審が破棄されています。
さらに、同事案で最高裁判所は、「本件文書等について民訴法220条2号に基づく提出義務の存否を審 理させるため,本件を原審に差し戻すこととする」と述べて、「挙証者が文書の所持者に対しその引渡し又は閲覧を求めることができるとき」(民事訴訟法220条2号)に該当するかどうかをさらに審理させるために事案を札幌高裁に差し戻しています。
令和2年3月24日 最高裁判所第三小法廷決定(令和元年(許)第12号 文書提出命令に対する許可抗告事件 )
文書提出命令の申立てに係る文書等が刑事事件関係書類に該当する か否かを判断するに当たっては,当該文書等が民事訴訟に提出された場合の弊害の 有無や程度を個別に検討すべきではなく,被告事件若しくは被疑事件に関して作成 され又はこれらの事件において押収されている文書等であれば当然に刑事事件関係 書類に該当すると解するのが相当である。また,上記の民訴法220条4号ホの趣 旨等に照らせば,上記の文書等の写しについても刑事事件関係書類に該当すると解 するのが相当である。そして,検察官,検察事務官又は司法警察職員による鑑定の 嘱託は犯罪の捜査のためにされるものであって,この鑑定の嘱託を受けた者が当該 鑑定に関して作成し又は受領した文書等が被告事件若しくは被疑事件に関して作成 され又はこれらの事件において押収されている文書等に該当することは明らかである。 |
写真データ(準文書)
下記の事案では、「地方公共団体である抗告人に所属する司法警察職員から鑑定の嘱託を受けた者が当該鑑定のために必要な処分として裁判官の許可を 受けてした当該死体の解剖の写真に係る情報が記録された電磁的記録媒体であって 抗告人が所持するもの(以下「本件準文書」という。)」すなわち、抗告人が所持する写真データについて、民事訴訟法220条3号に該当すると判断されました。鑑定書及び鑑定嘱託書は上記のとおり、民事訴訟法220条2号該当性判断のために札幌高等裁判所に差し戻されています。
令和2年3月24日 最高裁判所第三小法廷裁判 決定(令和1(許)11 文書提出命令等に対する許可抗告事件)
文書提出命令の申立てに係る文書が法律関係文書に該当するか否かについては, 民訴法220条3号後段の文言及び沿革に照らし,当該文書の記載内容やその作成 の経緯及び目的等を斟酌して判断すべきであるところ,本件準文書は,抗告人に所 属する司法警察職員から鑑定の嘱託を受けた者によるAの死体についての司法解剖 (以下「本件司法解剖」という。)の写真を内容とするものである。死体の解剖に 原則としてその遺族の承諾が必要とされる(死体解剖保存法7条)ことや,司法解 剖をする場合に解剖すべき死体について直系の親族等があるときはこれに通知しな ければならないとされる(刑訴法225条1項,168条1項,刑訴規則132条 において準用する同規則101条)ことなどに照らしても,相手方は,その父であ るAの死体が礼を失する態様によるなどして不当に傷付けられないことについて法 的な利益を有するというべきである。司法解剖については遺族の承諾は不要とされ ており(死体解剖保存法7条3号,2条1項4号),本件司法解剖も,Aの遺族の 承諾の有無とは無関係に刑訴法所定の手続にのっとって行われたものであるもの の,これによるAの死体に対する侵襲の範囲や態様によっては,相手方の上記利益 が侵害され得るものといえる。そして,上記写真は,本件司法解剖の経過や結果を正確に記録するために撮影されたものであり,犯罪捜査のための資料になるととも に,本件司法解剖によるAの死体に対する侵襲の範囲や態様を明らかにすることに よってこれが適正に行われたことを示す資料にもなるものであると解され,本件司 法解剖による相手方の上記利益の侵害の有無等に係る法律関係を明らかにする面も あるということができる 。 |