金融機関の守秘義務と文書開示の要請
例えば、弁護士は弁護士法上守秘義務を負います(弁護士法23条本文)。しかし、金融機関については、弁護士等のように法令上金融機関が守秘義務負うと宣明した規定はありません。では、金融機関は、そもそも、顧客との関係で守秘義務を負うのでしょうか。
また、金融機関が守秘義務を負うとした場合、金融機関の負う守秘義務と、文書開示の要請の調整が問題となります。特に、民事訴訟の上で金融機関から文書の開示(提出)を受ける要請がある場合、裁判所は文書提出命令を発令できるのでしょうか。順に検討していきます。
なお、文書提出命令の発令には民事訴訟の係属が必要となります。民事訴訟の提起や応訴を弁護士に代理で依頼したい場合など、弁護士齋藤理央の民事訴訟業務は下記リンク先に詳述しています。
金融機関の負う一般的な守秘義務
法令上金融機関が守秘義務負うと宣明した規定はありません。しかし、契約上金融機関も自らが合意した守秘義務を負うことがあるのは当然です。さらに、金融機関も顧客との間で個別に契約がない場合も、顧客の情報について一般的な守秘義務を負っていると解されています。
平成19年12月11日最高裁第三小法廷決定(平19(許)23号 文書提出命令に対する抗告審の取消決定に対する許可抗告事件)金融・商事判例1289号57頁は、「ところで,金融機関は,顧客との間で顧客情報について個別の守秘義務契約を締結していない場合であっても,契約上(黙示のものを含む。)又は商慣習あるいは信義則上,顧客情報につき一般的に守秘義務を負い,みだりにそれを外部に漏らすことは許されないと解されているが,その義務の法的根拠として挙げられている諸点から明らかなように,それは当該個々の顧客との関係での義務である。時として,金融機関が,顧客情報について全般的に守秘義務を負うとの見解が主張されることがあるが,それは個々の顧客との一般的な守秘義務の集積の結果,顧客情報について広く守秘義務を負う状態となっていることを表現したものにすぎないというべきである。その点で,民訴法197条1項2号に定める医師や弁護士等の職務上の守秘義務とは異なる。」と判示しています。
このように、銀行などの金融機関は、一般的な守秘義務を契約上(黙示のものを含む。)又は商慣習あるいは信義則上,顧客に対して負うと考えられています。
銀行は個別の契約がなくても顧客に対して守秘義務を負うっスね!
ただし、医師や弁護士等の職務上の全般的な守秘義務とは異なるとも判示されています。
一般的な守秘義務を負う情報の第三者への開示
これに対して、金融機関の保有する情報に対しても、情報を開示する要請が発生することがあります。金融機関の保有する情報の開示が、税務調査や刑事事件の捜査、民事訴訟上の争点の主張立証に欠かせない場合などです。
この場合も、金融機関の守秘義務が優越し、金融機関は情報を開示しないことができるのでしょうか。
しかしながら,同判例は、この点について、法令上の根拠がある場合、開示の必要性が守秘義務遵守の要請を上回る旨を判示しています。
すなわち、同判例は、「この顧客情報についての一般的な守秘義務は,上記のとおりみだりに外部に漏らすことを許さないとするものであるから,金融機関が法律上開示義務を負う場合のほか,その顧客情報を第三者に開示することが許容される正当な理由がある場合に,金融機関が第三者に顧客情報を開示することができることは言うまでもない。その正当な理由としては,原則として,金融庁,その他の監督官庁の調査,税務調査,裁判所の命令等のほか,一定の法令上の根拠に基づいて開示が求められる場合を含むものというべきであり,金融機関がその命令や求めに応じても,金融機関は原則として顧客に対する上記の一般的な守秘義務違反の責任を問われることはないものというべきである」という判示を示しています。
つまり、監督官庁の調査,税務調査,裁判所の命令等のほか,一定の法令上の根拠がある場合、情報の開示の要請が、金融機関の守秘義務に優越し得ます。
法律上開示義務を負う場合のほか,第三者に開示することが許容される正当な理由がある場合に,開示できることは「言うまでもない」と判示していますね。
文書提出命令との関係
民事訴訟法第百九十七条1項柱書は、「次に掲げる場合には、証人は、証言を拒むことができる」と定め、同項各号は、1号「第百九十一条第一項の場合」、2号「医師、歯科医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、弁理士、弁護人、公証人、宗教、祈祷とう若しくは祭祀しの職にある者又はこれらの職にあった者が職務上知り得た事実で黙秘すべきものについて尋問を受ける場合」、3号「技術又は職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合」と定めます。
さらに、民事訴訟法第二百二十条1項柱書は、「次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない」と定め、同項4号ハは、「第百九十七条第一項第二号に規定する事実又は同項第三号に規定する事項で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書 」と定めます。
では、金融機関の保有する一般的な守秘義務を負った文書は、民事訴訟法197条1項3号にいう、「技術又は職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合」に該当し、民事訴訟法220条1項4号ハによって文書提出命令を受けない場合に当たるのでしょうか。
この点について、同判例は「金融機関が有する上記守秘義務は,上記の根拠に基づき個々の顧客との関係において認められるにすぎないものであるから,金融機関が民事訴訟において訴訟外の第三者として開示を求められた顧客情報について,当該顧客自身が当該民事訴訟の当事者として開示義務を負う場合には,当該顧客は上記顧客情報につき金融機関の守秘義務により保護されるべき正当な利益を有さず,金融機関は,訴訟手続において上記顧客情報を開示しても守秘義務には違反しないというべきである。そうすると,金融機関は,訴訟手続上,顧客に対し守秘義務を負うことを理由として上記顧客情報の開示を拒否することはできず,同情報は,金融機関がこれにつき職業の秘密として保護に値する独自の利益を有する場合は別として,民訴法197条1項3号にいう職業の秘密として保護されないものというべきである」という判断を示しています。
顧客自身が開示義務を負う場合も、銀行側で開示が可能なんだって!
このことから、銀行などの金融機関は、民事訴訟における文書提出命令が発令されれば、最終的には文書開示を免れ得ないことになります。
金融機関の守秘義務が優越する場合
もっとも、常に金融機関が文書提出命令により保有文書を開示しなければならないわけではありません。上記判例の補足意見では、以下のとおり述べられています。
「 金融機関が民訴法197条1項3号の職業 上の秘密に該当するとしてその提出を拒むことができる顧客情報とは,当該顧客情 報が金融機関によってその内容が公開されると,当該顧客との信頼関係に重大な影 響を与え,又,そのため顧客がその後の取引を中止するに至るおそれが大きい等, その公開により金融機関としての業務の遂行が困難となり,金融機関自体にとって その秘密を保持すべき重大な利益がある場合であると解される(最高裁平成11年 (許)第20号同12年3月10日第一小法廷決定・民集54巻3号1073頁参照)。当該顧客情報が上記の意味での職業の秘密に該るか否かは,当該事案ごとに 守秘義務の対象たる秘密の種類,性質,内容及び秘密保持の必要性,並びに法廷に 証拠として提出された場合の金融機関の業務への影響の性質,程度と,当該文書が 裁判手続に証拠として提出されることによる実体的真実の解明の必要性との比較衡 量により決せられるものである」。
このように、「その公開により金融機関としての業務の遂行が困難となり,金融機関自体にとって その秘密を保持すべき重大な利益がある場合」金融機関は職業上の秘密として、文書の開示を拒否できる、すなわち裁判所は文書提出命令を発令できないものと考えられます。
例えば、一般的な守秘義務を超えた、個別の契約で特別の守秘義務を負っている取引の相手方の重要な取引秘密を含んだ情報の場合など、金融機関の開示により受ける不利益が大きい情報は、金融機関において開示命令の不発動を反論しなければならないとされています。
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文書提出命令
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