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刑法上の故意の錯誤について、刑法38条1項は故意を犯罪成立の要件とし、同2項は錯誤について定めています。

1 罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。

2 重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。

3 法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる。

刑法38条(故意)

①事実の錯誤

事実の錯誤とは、行為者の認識した犯罪事実と、客観的に存在する犯罪事実が食い違っている場合を言います。

例えば、第三者の著作物を違法にインターネットにアップロードしたが、実際にはアップロードされた著作物が認識していたものとは異なっていた場合です。

この場合、行為者に犯罪事実の表象が欠け、故意が認められないのではないかが問題となります。

この点、故意責任の本質は規範の問題に直面する機会を与えられながら、あえて犯罪を実現させた反規範的人格態度に対する重い道義的責任非難にあると考えられます。

したがって、犯罪事実の表象における意味の認識の程度としては、構成要件に抽象化された規範の問題を想起できる程度の認識で足りると考えられます。

よって、行為者の認識した犯罪事実と、客観的に存在する犯罪事実とが、同一構成要件内で符合する(具体的事実の錯誤)限り、完全な故意責任を問い得る(法定的符号説)と考えます。

つまり、仮に認識していたのと異なる著作物を違法アップロードしてしまったとしても、第三者の著作物を無許諾にアップロードしようとしていたのであれば刑事罰を負うべき故意責任は肯定できるということになります。


注1)したがって、因果関係の錯誤においても、行為者の主観において予見された因果関係において、実行行為の危険性が現実化する過程が想起されていた場合は、構成要件レベルの抽象化された規範の問題と直面する機会があったことになり、故意責任を問えるということになります。
注2)故意に要求される意味の認識の度合いを構成要件段階まで抽象化する以上、故意に個数は観念できず、客体が複数生じた場合、故意犯も複数成立することになります。もっとも、観念的競合として、一罪で処断されることになります。

②抽象的事実の錯誤

行為者の認識した犯罪事実と、客観的に生じた犯罪事実が、構成要件をまたいで食い違っている場合を、抽象的事実の錯誤といいます。

例えば、第三者の著作物を引用する際に、出所の明示だけを怠ったつもりだったが、実際には著作者の氏名も間違っていて、氏名の表示も怠ってしまったような場合です。

この場合、構成要件段階まで抽象化された規範の問題さえ、想起できたといえず、規範の問題に相対する機会が与えられていたといえないから、故意責任は問えないように思われます。

しかし、両事実が実質的に重なり合う場合、重なり合う軽い罪の限度で、道義的責任非難をすることが可能です。

したがって、その限度で、故意が認められることになります。設例でいうと、軽い罪である出所不明示罪(※)だけが成立し得ることになります。

注1)実質的な重なり合いが認められる類型としては、ⅰ.両事実が減刑、加重類型にあるとき、ⅱ.両事実が包含関係にあるとき、ⅲ.客体の類似性、客体以外の構成要件要素の同一性、保護法益の同一性、罪質の同一性などから、両罪が同質と認められるとき、などがあります。

著作権法第百二十二条「第四十八条又は第百二条第二項の規定に違反した者は、五十万円以下の罰金に処する」。

③早すぎた構成要件の実現

行為者が第2行為での結果発生を企図し、その前提たる第1行為にでた所、第1行為から結果が発生してしまったような場合です。

例えば、第三者の著作物を無断でアップロードし、後でリンクを貼ろうと思っていたところ、自動でリンクが貼られてしまい公衆送信が思わぬ段階で開始されてしまったような場合です。

第1行為時点の実行の着手と、故意の存否が問題となります。

実行の着手に関しては、行為において結果発生の現実的危険性が惹起されたかが問題となり、ⅰ.第1行為と第2行為が時間的、場所的に近接し、ⅱ.第2行為に至る特段の外部的障碍がない以上、第1行為時点で第2行為による結果発生の危険性が現実化しているものといえ、実行の着手が認められます。

次に、故意に関しては、因果関係の錯誤として、犯罪を企図して犯罪を遂げている以上、故意にかけるところはないものと解されます。

つまり、設例の場合、送信可能化行為に当たるという他に、自動公衆送信行為の実行の着手が認められる、ということになろうかと思います。そして、その後実際に公衆送信状態となっている以上、因果関係は思っていたものと異なる経過を辿ったとしても、故意に欠けるとことはないことになります。

④ウェーバーの概括的故意

第1行為において結果発生を企図したが、結果発生にいたらず、第2行為で結果が発生してしまった場合です。

第1行為における結果発生の危険性が現実化したといえれば、あとは、因果関係の錯誤の問題となると考えられます。

⑤法律の錯誤と事実の錯誤

法律の錯誤とは、現実には法律上禁止された行為を、行為者が、法律上禁止されていないと考えて、行ったしまったような場合をいいます。

法律の錯誤は、行為者が規範の問題に直面しうる機会を得ていた場合であり、事実の錯誤は、規範の問題に直面しうる事実の認識を欠く場合です。

たとえば、ムササビを捕獲してはならない、という禁止規範がある場合に、自己が知覚した動物に、モマという意味を与えることは、事実の錯誤にも思えます。

しかし、‘モマであればムササビではない”と言う通念が一般的でない場合には、規範の問題に直面する機会を付与されていないといえず、意味の認識に欠けるところがなく、法律の錯誤に過ぎません。

これに対して、狸を捕獲してはならないという禁止規範があるときに、自己が知覚した動物にムジナとの意味を与えた場合、‘ムジナであれば狸ではない”という社会一般の共通認識があるときは、狸を捕獲してはならないという規範の問題に直面しえず、ムジナと意味づけたことが、事実の錯誤を構成することになります。

注1)狸とムジナの事案に関しては、違法性の意識の可能性の問題とも言い得るように思われます。

⑥法律的意味の認識

意味の認識には、法律上の意味の認識が含まれる場合があります。

たとえば、他人の所有物か、否か、です。たとえば、他人の所有物を、自己の所有物であると法的に誤った意味づけを与えて、不法領得の意思を発現する行為を行ったとしても、横領罪は成立しません。事実の錯誤として、故意を欠くことになります。これに対して、他人の所有物を他人の所有物と認識して、不法領得の意思の発現行為をした場合でも、当該行為が法的に禁止されていないと考えていたときは、法律の錯誤の問題として、故意を阻却されないことになります。

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