Contents

Eicリーガルコンテンツ

著作物性

著作権侵害の差し止めを請求するなど、著作権に基づく法的請求をするには,対象が著作物でなければなりません。

著作物とは,「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」とされています(著作権法2条1号)。

分解していくと,①「思想又は感情を」②「表現したもの」である必要があります。さらに,②「表現」は③「創作的」な表現でなければいけません。また,②「表現したもの」が,④「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属する」必要があります。

したがって,対象が著作物であるというためには,上記①から④の条件を満たしている必要があるということになります。

対象の著作物該当性①「思想又は感情」

著作権侵害の差し止めを請求するには,対象が著作物でなければならず,著作物とは,「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」とされており(著作権法2条1号),著作物の内容を分解したら4つの要素に分けて考えることが可能であることは前に述べたとおりです。

このうち①「思想又は感情」というファクターは著作物が積極的に何であるかを意味づける役割よりは,「思想又は感情」と呼べないような単なる事実の羅列などを著作物から除く方向で機能する側面が強いと考えられます。

したがって,機械的に記録した観測データなどの集積は,その記載になんら工夫のないデータの羅列である場合,著作物性が否定される場合もあり得ます。

もっとも,そのようなデータや事実の機械的羅列は,そもそも③「創作的」な表現と言えないという視点から著作物性を否定することもできそうです。

このように①「思想又は感情」という要素は,③「創作的」表現という要素に,著作物該当性を判定するうえで,その働きを包含されている側面が大きいものと考えられます。

対象の著作物性②「表現したもの」

内心でこんな絵を描こうとか、あんな音楽を作ろうと考えていても,それだけでは著作物として保護されることになりません。なぜなら,頭の中にアイディアとして存在している段階では,②「表現したもの」と言えないからです。

つまり,こんな絵を描こうと考えていた構想とそっくりの絵がある日誰かによって描かれてしまっても,描こうと思っていた絵を実際に描いていない以上,著作権の侵害を主張することはできないことになります。

もっとも,「表現した」とは,物に固定化するまでは意味しません。曲をつくったとして,五線譜に記載しない限り「表現した」と言えないというわけではありません。即興の演奏や,踊りなどでも「表現した」ことに変わりはないと考えられます。

いずれにせよ,頭の中の構想にとどまる限り著作物該当性は存在せず,他人から認識できる形で②「表現した」ときに初めて著作物該当性が肯定されることになります。
したがって,著作権侵害に基づく差止請求権を行使する場合は,著作権が侵害されたと主張するより前の時点で,対象が②「表現」されていたことを立証する必要があることになります。

対象の著作物該当性③「創作的な表現」


「創作的な表現」にいう創作性について,たとえば,下記のような下級審裁判例があります。以下,対象の著作物該当性を判示した部分を抜き出して引用します。

 3 争点(2)イ、ウ(著作物性、複製権及び翻案権侵害の成否)について
(1) 著作物の複製(著作権法21条、2条1項15号)とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいう(最高裁昭和50年(オ)第324号同53年9月7日第一小法廷判決・民集32巻6号1145頁参照)。ここで、再製とは、既存の著作物と同一性のあるものを作成することをいうと解すべきであるが、同一性の程度については、完全に同一である場合のみではなく、多少の修正増減があっても著作物の同一性を損なうことのない、すなわち実質的に同一である場合も含むと解すべきである。
また、著作物の翻案(著作権法27条)とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的な表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。
そして、著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(著作権法2条1項1号)、既存の著作物に依拠して創作された著作物が思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、複製にも翻案にも当たらないと解するのが相当である(最高裁平成11年(受)第922号同13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁参照)。
このように、複製又は翻案に該当するためには、既存の著作物とこれに依拠して創作された著作物との同一性を有する部分が、著作権法による保護の対象となる思想又は感情を創作的に表現したものであることが必要である(著作権法2条1項1号)。そして「創作的」に表現されたというためには、厳密な意味で独創性が発揮されたものであることは必要ではなく、筆者の何らかの個性が表現されたもので足りるというべきであるが、他方、文章自体がごく短く又は表現上制約があるため他の表現が想定できない場合や、表現が平凡かつありふれたものである場合には、筆者の個性が表現されたものとはいえないから、創作的な表現であるということはできない。

平成17年 5月17日東京地裁判決

このように,上記判例は,著作物該当性における,創作的な表現該当性判断において,「筆者の何らかの個性が表現されたもので足りるというべきである」と述べ,「他の表現が想定できない場合や、表現が平凡かつありふれたものである場合」は,創作的な表現にあたらないと述べています。

以上の判示から,著作物に関する侵害の差し止めを請求する場合,対象が著作物に該当するか否かの判断においては,創作性はそれほど高度のものが求められているわけではないことがわかります。つまり,ある内容を伝えるのにその表現しか考えられない場合や,ある内容を伝えるのに社会一般に広くもちいられている表現方法を選択した場合などを除いて,対象について表現に創作性が認められることになるものと思料されます。

著作物に関連する記事

弁護士齋藤理央が発信する著作物に関する記事の一覧は下記になります。

平成26年8月28日知財高裁判決・判例時報 2238号91頁[ファッションショー事件控訴審]裁判例紹介

応用美術に関する著作物性についての重要裁判例である、平成26年8月28日知財高裁判決・判例時報 2238号91頁[ファッションショー事件控訴審]をご紹介します。 目次1 事案の概要2 著作物性侵害が主張された映像部分3 衣服やアクセサリーなど応用美術の著作物性について3.1 応用美術の著作物性について4 舞...

応用美術の著作物性

著作権法2条1項1号は,同法により保護される著作物について,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」と規定し,同条2項は,「この法律にいう美術の著作物には,美術工芸品を含むものとする。」と規定しています。 これらの規定は,意匠法等の産業財産権制度との関係から...

ウェブサイトの著作物性について

ウェブサイトが単一の著作物となるのか、その場合、著作物として特殊な性質を付与され得るのか、まだ、議論が尽くされたとは言い難い状況です。 いずれにせよ、ウェブサイト、ウェブページを対象として著作物性、特に著作物としての性質が激しく争われた事例というのは、まだないのではないでしょうか。 目次1 ウェブサイトの著...

図形の著作物性

図形について著作権法は、「六 地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物」と定めています(著作権法10条1項6号)。このように、著作権法は図形の著作物を著作物の一つとして例示しています。 図形の著作権に関して紛争や契約問題についてお困りの際はお気軽にお問い合わせください。 目次1 図形...

地図の著作物性

地図について著作権法は、「六 地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物」として著作物の一つとして例示しています(著作権法10条1項6号)。 地図を含んだ著作権に関して紛争や契約問題についてお困りの際はお気軽にお問い合わせください。 目次1 地図の著作物性に関する裁判例1.1 平成20...

YouTube・インスタグラム投稿動画について動画投稿者を映画監督と同等に評価して著作者と判断した事例<裁判例紹介>[東京地判令和3年10月26日]

東京地判令和3年10月26日・裁判所ウェブサイト掲載は、YouTube動画などについてYouTuber・インスタグラマー(正確にはYouTube投稿者、インスタグラム投稿者)に映画監督に相当する地位を認め著作者と判断した事例です。 動画がコンテンツ業界を席巻している昨今において、SNSをはじめとするデジタル...

バニーガールの衣装の商品形態模倣、著作物性に関する裁判例雑感

東京地判令和3年10月29日・裁判所ウェブサイト掲載は、バニーガール衣装の商品形態の模倣や、著作物性の有無などが争われた事案です。 ポイントは、商品形態模倣の成否と、著作物性の判断の部分かと思いました。 裁判所は、それぞれ、下記のとおり述べて権利侵害を認めませんでした。 目次1 裁判所の判断抜粋1.1 争点...
1件のコメント

著作物について

目次1 著作物性1.1 対象の著作物該当性①「思想又は感情」1.2 対象の著作物性②「表現したもの」1.3 対象の著作物該当性③「創作的な表現」2 著作物に関連する記事 著作物性 著作権侵害の差し止めを請求するなど、著作権に基づく法的請求をするには,対象が著作物でなければなりません。 著作物とは,「思想又は...

ヘアスタイル・メイクの著作物

平成27年12月9日東京地方裁判所判決(平成27年(ワ)第14747号 損害賠償請求事件)が、裁判所ウェブサイトで公開されています。 この判例は写真の著作物性など示唆に富んだものであり、また別途レビューしたいと思います。今回は少し違う視点で同判決を紹介しました。同判決書文中でヘアスタイルや化粧について、著作...

『エジソンのお箸事件』知財高裁平成28年10月13日判決(平成28年(ネ)第10059号)判例紹介

目次1 判決の意義2 事案の概要2.1 原審の判断について3 控訴審の結論は?4 控訴審判示で重要な部分について4.1 TRIPPTRAPP(トリップトラップ)事件知財高裁判決を踏まえた本判決の意義5 図面の著作物性について 判決の意義 実用品の著作物性について、判断を示している点に意義があります。 TRI...

著作物の単位と弁論主義

著作物のよって立つ単位は、どのように定められるべきでしょうか。 著作権法2条1項1号は、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」を、著作物と呼び著作権法の保護客体とすることを定めています。 何が著作物のよって立つ単位であるかを巡っては、作品説と創作的表現説と...

美術・写真の著作物と展示権

美術の著作物 著作者は、美術の著作物の原作品を公に展示する権利を専有します(著作権法25条)。自らは展示する権利を享有するとともに、第三者が美術の著作物の原作品を公に展示することを禁止することができます。公とは、特定かつ多数のものを含みます(著作権法2条5項)。多数とは何人であるかは、少し乱暴な言い方をすれ...

アイディアと表現について

著作権法は、表現を保護し、アイディアを保護しません。このように、著作権法上は、具体的な表現に至って初めて法律的な保護を受けることになります。 それでは、アイディアと具体的な表現の違いは、どのような点にあるのでしょうか。 現在の著作権法実務では、アイディアと表現が、明確に交通整理されていないことが、少し問題を...

TRIPPTRAPP(トリップトラッパ)事件−実用品の著作物性

実用品は、これまで、原則的に著作物性を満たさないと考えられてきました。 すなわち、実務においては,純粋美術、応用美術、美術工芸品などに分類して議論が展開されてきました。純粋美術品であれば,「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属する」といえ,この部分はあまり争いがありませんでした。これに対して、応用美術であれば...

映画の著作物

目次1 映画の著作物とは2 映画の著作物を客体とする著作権の権利帰属3 頒布権4 保護期間 映画の著作物とは 映画の著作物は、著作権法で例示される著作物の一つです(著作権法10条1項7号)。映画の著作物について、直接の定義規定はありませんが、著作権法における映画の著作物には、映画の効果に類似する視覚的又は視...

プログラムの著作物

プログラムの著作物について、概要を述べます。 プログラムの著作物は、著作権法10条1項9号に著作権法で保護すべき著作物の例として例示されています。 ここでいうプログラムは、著作権法上の「プログラム」に該当する表現物を指します。すなわち、「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令...

言語の著作物

言語著作物とは、「小説、脚本、論文、講演その他の言語の著作物」として規定されています(著作権法10条1項1号)。「小説」、「脚本」、「論文」、「講演」はあくまで例示であり、「その他」広く言語で表現された著作物が含まれます。著作権法に、「言語」について定義した規定はなく、記号や手話も含まれると解されています。...

二次的著作物とは

著作権法2条1項11号は,二次的著作物について、「著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案することにより創作した著作物をいう。」と定めています。 翻案とは 著作権法上の翻案とは、一体なにを意味するのでしょうか。最高裁判所の判示を見てみましょう。 最高裁判所は,翻案(著作権法2...

データベースの著作物とは

著作権法は,データベースを「論文、数値、図形その他の情報の集合物であつて、それらの情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したものをいう」と規定しています(著作権法2条1項10の3号)。典型例としては,体系的に情報が整理された一定の規模のウェブサイトなどは,データベースたり得ます。次に...

RDBMSの著作物性等

平成28年3月23日知的財産高等裁判所判決(平成27年(ネ)第10102号 損害賠償等請求控訴事件)を紹介したいと思います。判決文はこちらです。本件は,控訴人が,被控訴人に対し,被控訴人が製造,販売する「Babel」という名称の字幕制作用ソフトウェア(被控訴人プログラム)が,控訴人が製造,販売する「SST ...

音楽の著作物

目次1 音楽の著作物ついて2 歌詞について3 音楽の著作隣接権について4 音楽著作権・著作隣接権の管理 音楽の著作物ついて 著作権法10条1項2号は、「音楽の著作物」を、著作物の例示として掲げています。ところで、東京地方裁判所昭和43年5月13日判決は、「原告は音楽著作物の偽作を論ずるためには旋律を取り上げ...
  1. この記事へのコメントはありません。