平成28年3月23日知的財産高等裁判所判決(平成27年(ネ)第10102号 損害賠償等請求控訴事件)を紹介したいと思います。判決文はこちらです。本件は,控訴人が,被控訴人に対し,被控訴人が製造,販売する「Babel」という名称の字幕制作用ソフトウェア(被控訴人プログラム)が,控訴人が製造,販売する「SST G1」という名称の字幕制作用ソフトウェア(控訴人プログラム)の複製又は翻案であるとして,①著作権(複製権,翻案権又は譲渡権)に基づき,被控訴人プログラムの複製等の差止め及び被控訴人プログラムの廃棄を求めるとともに,②不法行為に基づき,平成25年2月1日から同年8月9日までの損害賠償金4844万1393円(著作権法114条1項適用,平成26年3月5日付けで請求拡張)及びこれに対する不法行為後である訴状送達日の翌日(平成25年7月20日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求め」た事案です。
控訴人は,原審を不服として控訴するとともに,控訴審において「被控訴人プログラムに含まれる「PlugDtm.dll」という名称のファイルが,控訴人プログラムに含まれる「Template.mdb」という名称のAccess形式のファイル(Template.mdb)を複製したものであるとして(当事者間に争いがない。),Template.mdbの使用等の差止請求を追加し」て請求しました。
Template.mdbは,合計9個のテーブルと2個のクエリー項目からなり,合計147個のフィールドが設定されている、Access形式のデータベースファイルです。
Accessは、マイクロソフトが提供しているデータベースの管理プログラムで、所謂Relational DataBase Management System(RDBMS)の一種となるようですが、個人向けに設計されておりRDBMSには含めない人もいるとのことです。
RDBMSとしては、ウェブサイトなどに利用されることも多いMYSQL等が有名だと思います。
本件ではこのRDBMSの一種であるAccessと同一形式で作成されたデータベースのプログラム及びデータベースとしての著作物性(創作性)が控訴審で加わった争点4として問題となりました。
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つまり、「Template.mdbは,合計9個のテーブルと2個のクエリー項目からなり,合計147個のフィールドが設定され、旧SSTにおけるソフトウェア部品であり,文字データや各種設定情報など旧SSTにおいて生成された個別の字幕データを書き出すためのひな型となるファイル」であるところ、控訴人が、「Template.mdbは,旧SSTの字幕プログラム処理に対応する形で各テーブル構成が設計されており,プログラム内のデータの余分な変換処理や加工処理を必要とせずに効率的に稼働できるよう体系的に構成されている」として、Template.mdb自体の個性の発揮を主張しました。つまり、「Template.mdbは,旧SSTの優れた機能を実現するための様々なデータを格納しており,これらは,控訴人プログラムがその発売当初国内で唯一の業務用映像翻訳用のパッケージ版の字幕制作ソフトウェアであったことから分かるように,その情報選択には独自性がある」と述べ、「そして,これら情報は,相互に関連付けられて控訴人プログラム内で利用されており,Template.mdbと控訴人プログラムのその余の部分とは,不可分一体であ」り、特定の文字列を検索したり,字幕数や1つの字幕の中の文字数を集計したりすることが可能となるから,Template.mdbはデータベースの著作物に該当し,控訴人プログラムは,いわばデータベース作成ソフトウェアともいえる」ので、Template.mdbは,創作性を有すると主張しました。
これに対して被控訴人がTemplate.mdbは,「旧SSTとの互換性を確保する以外には必要のないファイルであ」り、また、「被控訴人が複製したのは,設定された情報を格納する書式であるTemplate.mdbだけであり,これとは全く別のものであるTemplate.mdbにデータを入れる機能を有するプログラムを複製してはいない」と反論しました。このように、被控訴人が複製したTemplate.mdbは,設定された情報を格納する書式部分だけであることから、「字幕データを表示する際の各種データが羅列されているだけであり,これら各種データ同士の関連付けはされていないから,体系的構成に創作性はなく,また,テーブルやデータの分類も字幕ソフトウェアならば一般的に持っているものであり,独創性がない」と反論したことで、控訴審において新たに争点4が形成されました。被控訴人主張に基づくと、本件で問題とされたのは、情報入力する前の空の状態の、データベースのまさに外枠の部分に関するプログラムの著作物性や、データベースの著作物性だったようです。
この点控訴審は下記のとおり判示して、創作性を否定しています。
まず判例は、「プログラム著作物として創作性を有するといえるためには,コンピュータに対する指令の組合せが創作的に表現されることが必要であり(著作権法2条1項1号,10号の2),データベース著作物として創作性を有するといえるためには,コンピュータで検索できる情報の集合物について,その情報の選択又は体系的な構成が創作的に表現されることが必要である(著作権法2条1項10号の3,12条の2)」とのべて、プログラムの著作物性及びデータベースの著作物性を検討する基準を確認しました。
そして、控訴審は、「Template.mdb…は…合計9個のテーブルに147個のフィールドが設定されているものである。そして,証拠…及び弁論の全趣旨によれば,Template.mdbは,控訴人プログラムで取込み又は作成した文字データや各種設定情報を格納するための書式(読み出されたTemplate.mdbにユーザの操作により各種データが所定のフィールドに上書きされていき,最終的には個別の字幕データファイルとして完成される。)であることが認められる」としています。
① プログラムの著作物性について
そのうえで、控訴審判決は、Template.mdbは、文字データなどの収納場所であり、「Template.mdbをプログラムとして見た場合…変数やテキストデータが格納されているにすぎないから,コンピュータに対する指令の組合せに個性が顕れる余地はほとんどなく,プログラムの著作物としての創作性を想定し難い」と評価しています。
つまり、「プログラム著作物として創作性を有するといえるためには,コンピュータに対する指令の組合せが創作的に表現されることが必要」ですが、Template.mdbは、1つのプログラムを生成する個別の変数やTEXTデータの収納場所に過ぎないことから、Template.mdb自体に指令の組み合わせの個性を見出し難いと述べ、プログラムの著作物性を否定しています。端的にいうと、「Template.mdbそれ自体は,控訴人プログラムを稼働させたり,控訴人プログラムの設計構造を規定しているのではな
く,控訴人プログラムのデータ保存書式として存在するにすぎない。控訴人の上記主張は,控訴人プログラム全体の創作性をいうものであり,Template.mdbそれ自
体の創作性をいうものではない」と述べて、1つのプログラムの一部を保存して格納する場所を用意しているに過ぎないTemplate.mdbそれ自体にプログラム著作物としての創作性は見出し難いと判示しています。
② データベースの著作物性について
次に、データベースの著作物性について、控訴審は判断しています。
つまり、控訴審判決は、「データベース著作物として創作性を有するといえるためには,コンピュータで検索できる情報の集合物について,その情報の選択又は体系的な構成が創作的に表現されることが必要」であるところ「Template.mdbをデータベースとして見ようとしても,それは,情報の項目が定められているだけであり,選択されて入力すべき情報それ自体が格納されていないから,コンピュータが検索できる情報の集合物を有していない」うえ、「項目も,各テーブルに並列的に区分けされているだけであり,このテーブル間に何らかの関係があるわけでもない」と述べデータベースの著作物としての創作性についても否定的な見解を示しています。つまり、「設定された情報を格納する書式であるTemplate.mdbだけ」を複製した本件では、「情報の項目が定められているだけであり,選択されて入力すべき情報それ自体が格納されていない」のであるから、そもそも、データベースの体を成していないと指摘しています。そのうえで、項目自体も羅列に過ぎないことから、有機的な関連付けなどは確認できず、この点にも創作性は見出し難いことから、著作権法上のデータベースの著作物該当性を否定しました。
なお、同判例では、「SST G1」のプログラム著作物に対する複製権侵害、翻案権侵害も詳細に検討されています。控訴審判決は、「プログラムの著作物の複製権又は翻案権を侵害したといえるためには,既存のプログラムの具体的表現中の創作性を有する部分について,これに依拠し,この内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製するか,又は,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,これに修正,増減,変更等を加えて,新たな思想を創作的に表現し,新たな表現に接する者が従来の表現の本質的な特徴を直接感得することのできるものを創作したといえることが必要であり,単にプログラムが実現する機能や処理内容が共通するだけでは,複製又は翻案とはならない」として、まず、プログラム著作物の複製権、翻案権侵害の判断基準を確認しています。
そのうえで、同判例は、本件においてはソースコードが開示されていないが、「控訴人プログラムのソースコードは,約19万行と認められるから(弁論の全趣旨),その全部に創作性がないことは考えにくく,仮に,被控訴人プログラムが,控訴人プログラムにおいて創作性を有する蓋然性の高い部分のコードの全部又は大多数をコピーして作成されたものといえる事情があるならば,被控訴人プログラムは,控訴人プログラムを複製又は翻案したものと推認することができる」と述べています。つまり、プログラムの著作物において、侵害を主張する立場の当事者は、「創作性を有する蓋然性の高い部分のコードの大多数をコピーして作成された」との事情を立証できれば、プログラムを複製又は翻案したものと推認させることができると判示しています。
つまり、プログラムの全てを開示しなくとも、「部分的に創作性を有する蓋然性が高いこと」を立証し、かつ、「当該部分のコードの大多数をコピーした」ことを立証すれば足ると判示しています。そのうえで、「控訴人が…主張する点をすべて併せて考慮しても,被控訴人プログラムが控訴人プログラムにおいて創作性を有する蓋然性の高い部分のコードの全
部又は大多数をコピーしたことを推認させる事情は認められない」と述べて、控訴棄却の結論を導いています。