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昭和58年4月19日最高裁判所第三小法廷判決(破棄差戻)・民集第37巻3号321頁は、下記のとおり述べて、労災保険の費目拘束を認め、慰謝料への充当を認めませんでした。

本件記録及び原判決によれば、(1)上告人は、昭和四七年一〇月二二日に発生した本件事故によつて被つた財産上の損害として後遺症による逸失利益三九四万八〇〇〇円、精神上の損害として慰藉料一六〇万円及び弁護士費用三七万円の各損害の発生を主張し、右合計額五九一万八〇〇〇円から、上告人が後遺症につき労働者災害補償保険法(以下「労災保険」という。)による障害補償一時金として受領した一四万〇一〇〇円を控除した残額五七七万七九〇〇円の支払を請求した、(2) 被上告人は、本件事故に関し、上告人は、上告人主張の障害補償一時金のほか、労災保険による昭和四七年一〇月二二日から同四八年五月一五日までの間の休業補償金三三万九六〇〇円、被上告人共済会から支払われた昭和四七年一〇月二三日から同四八年四月二六日までの間の休業補償金一五万八八一五円、被上告人から昭和四八年前期賞与の名義で支払われた一〇万二〇〇〇円、見舞金五万円、本件事故車の運転者である訴外木原豊からの見舞金七万円を各受領したから、本件事故による上告人の損害は填補されていると主張したところ、上告人は右各金員を受領したことを認めた、(3) 原判決は、上告人主張の後遺症による逸失利益は存在しないから右の損害の発生は認められないとし、慰藉料については、諸般の事情を考慮して二〇〇万円の損害の発生を認定したうえ、過失相殺により右認定にかかる慰藉料二〇〇万円からその二割を減じたのちの一六〇万円から、前記受領ずみの障害補償一時金一四万〇一〇〇円及び訴外木原からの見舞金七万円の各金員合計二一万〇一〇〇円並びに右各金員を除くその余の費目の前記受領ずみの各金員(合計六五万〇四一五円)につき前記過失割合(二割)に応じて上告人の負担に帰すべき一三万〇〇八三円を控除して、その残額は一二五万九八一七円となると算定し、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用は一八万円をもつて相当であるとしてこれに加算し、結局上告人の本訴請求を一四三万九八一七円の支払を求める限度でこれを認容し、その余を棄却した、ことが認められる。
 しかしながら、労働者に対する災害補償は、労働者の被つた財産上の損害のためにのみされるものであつて、精神上の損害の填補の目的をも含むものではないから(最高裁昭和三五年(オ)第三八一号同三七年四月二六日第一小法廷判決・民集一六巻四号九七五頁、同昭和三八年(オ)第一〇三五号同四一年一二月一日第一小法廷判決・民集二〇巻一〇号二〇一七頁参照)、前記上告人が受領した労災保険による障害補償一時金及び休業補償金のごときは上告人の財産上の賠償請求権にのみ充てられるべき筋合のものであつて、上告人の慰藉料請求権には及ばないものというべきであり、従つて上告人が右各補償金を受領したからといつてその全部ないし一部を上告人の被つた精神上の損害を填補すべきものとして認められた慰藉料から控除することは許されないというべきである。
 更に、原判決は、前記上告人が受領したその余の費目の金額についてもその一部又は全部を前記慰藉料額から控除しているが、右は費目の名称からみて上告人に生じた損害を填補するものかどうか、またいかなる性質の損害を填補するものかにつき疑問があり、原判決の説示する理由だけではこれらを控除する理由が明らかであるとはいえない。
 そうすると、過失相殺により減じたのちの上告人の慰藉料として肯認された一六〇万円から上告人が受領した前記労災保険による障害補償一時金の金額一四万〇一〇〇円及び休業補償金三三万九六〇〇円の二割相当額を控除して、上告人の本訴請求を一部排斥した原判決には、労働災害による損害賠償に関する法令の解釈適用を誤つた違法があり、かつ、他に十分な理由を付さずして、前記慰藉料額から前記その余の費目の金額の一部又は全部を控除して上告人の請求を一部排斥した原判決には、審理不尽、理由不備の違法があるというべきであり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。従つて、少なくとも、右違法をいう点では論旨は理由があり、その余の点につき判断するまでもなく、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、上告人の本訴請求について、原判決が控除を認めるその余の損害費目が果たして前記上告人の慰藉料請求権から控除をしうるものであるかについて、また、右費目を控除しない場合にはいかなる限度で上告人の損害賠償請求権が認容されるのかについて、更に審理を尽くす必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。
 よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

昭和58年4月19日最高裁判所第三小法廷判決(破棄差戻)・民集第37巻3号321頁
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