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刑事事件で問題となる刑法上の違法性正当化事由のうち、緊急避難に関する論点をまとめています。

①緊急避難

自己または他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずした行為は、罰しない。この根拠は、緊急下の危難に対して、法益を保全するためやむを得ずした行為には、社会通念上、相当性を逸脱した違法な行為である、とまでの評価は下しえない点にある。
注1)責任が否定されるとする見解や、違法性および責任が否定されるとする見解もある。

②現在の危難

現在とは、急迫と同義であり、予期されるだけで否定されるものではないが、危難を予期し、これを積極的に利用する意図であれば、現在性が否定される場合もあり得る。危難は、侵害と同義で、正当防衛と異なり、不正を要求されていない。したがって、動物の行為も、自然現象も、法益を侵害しようとしていれば、危難に当たりうる。

③避難意思

緊急避難の正当化根拠は、構成要件に該当する法益侵害行為であっても、緊急下において法益を保全するためにやむを得ず行った行為については、社会通念上不相当とまでの評価を下せない点にある。そして、行為は主観と客観の統合体であるから、行為者の主観を抜いては行為の正当性を論証できない。したがって、緊急避難の成立には避難の意思が必要と考える。もっとも、意思の内容としては、現在の危難を認識しながら、これを避けようとする単純な心理状態で足りると解すべきである。なぜなら、緊急下で本能的、反射的におこなれることも少なくない緊急避難に、避難の意図や動機までを要求するのは、酷だからである。
注1)したがって、憤激や攻撃の感情は、非難の意思と両立する。もっぱら攻撃の意図に出た場合には、もはや避難の意思が認められないのも、同様である。

④補充性・法益権衡

緊急避難の成立には、「やむを得ずにした行為」(補充性)であって、法益の均衡が肯定される行為(法益権衡)と認められる必要がある。すなわち、緊急下の法益に対する危難に対して、ⅰ.他に手段がなく、ⅱ.侵害される法益よりも小さいか、少なくとも同程度の法益を侵害したといえる行為であって初めて、行為が不相当であったとまでは評価されないのである。
注1)補充性の肯定には、ⅰ.法益を保全するため他に方法がなくⅱ.その行動に出たことが条理上肯定できることが必要である(最判昭和24年5月18日)。

⑤自招危難

危難を自ら招いた場合、危難を積極的に利用し、法益を侵害する意図であった場合は、危難の「現在」性が否定される。これに対して、過失により危難を自ら招いてしまった場合や、危難が予想したものより過大であった場合は、「現在」性は肯定されうる。この場合、ⅰ.自招行為の性質、ⅱ.惹起された危難の重大性を考慮して、緊急避難権の濫用に当たらない限り、緊急避難が成立しうると解する。

⑥過失による避難

過失により、法益を侵害してしまった場合にも、緊急避難は成立するか。この点、避難の意思の内容、要否に関して検討を要する。そして、避難の意思は必要であり、その意思の内容として、避難を認識しこれを避けようとする単純な心理状態と解する。したがって、犯罪事実を認識し、法益侵害を認容せずに結果を発生させた場合(認識ある過失)、危難を認識して、これを避けようとする心理状態も同時並存していたのであれば、緊急避難が成立しうる。
注1)これに対して、犯罪事実も認識していなかったのであれば、避難の意思が同時に存在していたといえる状況は稀と思われる。

⑦強要による避難

強要に基づく緊急避難においては、強要者が法益侵害主体であるにもかかわらず、行為者に緊急避難が成立してしまうと、被害者にとって、行為者の行為は不正ではありえず、正当防衛の機会が付与されないことになる。これは、被害者に酷であって、不当な結論ではないかが問題となる。しかし、被害者の権利は、行為者の緊急避難成立について補充性および、法益権衡の吟味を厳格に行うことで保護しえる。そこで、現に法益を侵害されている行為者の利益も考慮して、強要に基づく緊急避難も、要件を満たす限り成立するものと解する。
注1)被害者の利益は、強要者を間接正犯と構成して、正犯の実行行為の一部を構成する行為として不正との評価を導くことでも、図りうる。
注2)判例は、オウム真理教において、第三者を殺さなければ自分が殺されると脅された状況において、被告人の生命には現実に危難が生じていなかったとして、法益権衡を厳格に判定し、緊急避難の成立を否定した。その上で、自己の身体に迫った法益危難を避けるため、被害者の生命を侵害したとして、過剰避難の成立を認めた。さらに、被告人は自己の生命に危難が迫っていることを誤信したともいえないとして、過失による過剰避難の成立も否定した。なお、期待可能性にも欠けないとした。

⑧過剰避難

その程度を超えた避難行為は、減刑し、又は刑を免除できる(37条1項ただし書)。この根拠は、現在の危難が生じている状況下では、冷静に対応することが難しく、その程度を超えた避難行為を行うことに、責任の減少が認められるからである。
注1)違法性が減少すると解する見解もある。しかし、補充性ないし、法益権衡を満たさない避難行為は、もはや、社会的に相当性を逸脱した行為と評価されることを避け得ない。

⑨誤想避難・過剰避難・誤想過剰避難

1.現在の危難がないのに、あると誤信して避難行為を行った場合、行為者の主観において、自己の行為の違法性を認識し、規範の問題に直面する機会があったとはいえないから、故意が阻却される(誤想避難)。

2.現在の危難に対して、過剰な避難行為を行った場合でも、過剰性を認識していなかった場合は、同様に故意が阻却される(過失による過剰避難)。

3.現在の危難がないのに、あると誤信して、過剰な避難行為を行った場合、過剰性を認識していなければ、故意が阻却される(2重誤想避難)。これに対して、過剰性の認識がある場合は、故意が認められる(狭義の誤想過剰避難)。もっとも、現在の危難を誤信している以上、責任の減少を認める根拠はあり、37条1項ただし書の類推適用は肯定される余地がある。

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