東京地判令和2年10月14日判決裁判所ウェブサイト(令和2年(ワ)第6862号 発信者情報開示請求事件)は、宗教新聞上の写真がツイッターで無断投稿されたケースについて、発信者情報開示が請求された事件です。
付随対象著作物の適法性などが訴訟上争われたケースであることから、紹介させて頂きます。
弁護士齋藤理央は、著作権等コンテンツ関連のトラブル解決や調査・相談などのリーガルサービスを提供する弁護士です。
目次
事案の概要
当事者
原告は、本件で問題となった宗教新聞を発行する宗教法人法上の宗教法人です。
これに対して被告は、国内三大携帯電話キャリアの一社で、被告の提供する通信網を利用して本件侵害情報がツイッター上にアップロードされました。
「被告は,プロバイダ責任制限法4条1項の「開示関係役務提供者」に当た
り,本件発信者情報を保有している」ことが弁論の全趣旨から認定されています(被告はこの点を積極的に争わなかったと考えられます。)。
原告本件著作物
本件で侵害が疑われた著作物は、本件ツイート中で言及された本件記事2の横の本件記事1に挿入されていた宗教内の行事を紹介するための写真でした。
被疑侵害ツイート
被疑侵害表現物は、発信者のツイッターアカウントに投稿された本件記事1に挿入された写真である被疑侵害著作物を投稿に含んだツイートです。
争点
以下の4点が争われました。特に重要なのは争点2と争点3です。
(1) 本件写真の著作物性(争点1)
(2) 本件写真の掲載が引用(著作権法32条1項)に該当するかどうか(争点2)
(3) 本件写真の掲載が付随対象著作物としての利用(著作権法30条の2(令
和2年法律第48号による改正前のもの。以下同じ。))に該当するかどう
か(争点3)
(4) 本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由の有無(争点4)
本件判示
本件裁判例は、下記のとおり述べて(但下線及び強調は弊所によります。)原告の請求を認容しています。
1 争点1(本件写真の著作物性)について
前提事実及び証拠(甲5の2,6の2,8)によれば,本件写真は,原告の施設内の一室で行われた法要において,多数の参加者が椅子に座って手を合わせている様子を撮影した写真であると認められるところ,本件写真は,後方にいる参加者まで撮影の対象にしつつ,前方の参加者の顔が重ならないよう,撮影のアングル,シャッタースピード,タイミング等において工夫がされているものと認められる。
そうすると,本件写真は,撮影者の個性が現れ,撮影者の思想又は感情を創
作的に表現した著作物に当たるというべきである。
2 争点2(本件写真の掲載が引用(著作権法32条1項)に該当するかどうか)について
(1) 著作権法32条1項によって著作物を引用した利用が許されるためには引用が,公正な慣行に合致するものであり,かつ,報道,批評,研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものでなければならない。
しかし,前提事実及び証拠(甲1の2)によれば,本件投稿記事は,本件新聞記事2の内容を批評するものであると認められるところ,本件写真を掲載して勤行法要の様子等を伝える本件新聞記事1は,本件新聞記事2とは別の記事であり,内容的にも本件新聞記事2とは無関係であるから,本件新聞記事2の批評のために本件写真を本件投稿記事に掲載する必要はない。
したがって,本件写真の本件投稿記事への掲載は,引用の目的上正当な範
囲内で行われたものであるということはできないので,適法な引用(著作権法32条1項)には当たらない。
(2) これに対し,被告は,本件写真を含む本件新聞記事1は,引用対象である
本件新聞記事2と「聖教新聞」の題字との間に一体となって聖教新聞に掲載
されているから,本件写真の本件投稿記事への掲載も,適法な引用であると
主張する。
しかし,本件投稿記事の本文には,本件新聞記事2が聖教新聞に掲載されていることが指摘されているのであるから,これに加えて,同新聞記事の出典を明らかにするため,本件新聞記事1を含む本件新聞紙面画像を掲載することが必要であったということはできない。また,「聖教新聞」の題字を本件投稿記事に引用するとしても,マスキングをするなどして,「聖教新聞」の題字及び本件新聞記事2のみを本件投稿記事に引用することは可能であったということができる。
そうすると,本件写真を含む本件新聞記事1を本件投稿記事に掲載する必要があったということはできず,被告の上記主張は理由がない。
3 争点3(本件写真の掲載が付随対象著作物としての利用(著作権法30条の2)に該当するかどうか)について
著作権法30条の2第1項の規定により複製された付随対象著作物の利用が
同条の2第2項によって許されるためには,著作物が,写真等著作物に係る写
真の撮影等の対象となる事物から分離することが困難で,かつ,当該写真等著
作物における軽微な構成部分となるものでなければならない。
しかし,本件新聞記事2を批評する本件投稿記事を作成するに当たって,本件新聞記事2のみを写真で撮影する,あるいは,本件写真をマスキングして本件新聞記事2及び「聖教新聞」の題字を写真で撮影することは可能であって,本件写真が,本件新聞紙面画像に係る写真の撮影の対象とする事物から分離することが困難であるとはいえない。
また,前提事実及び証拠(甲1の2)によれば,本件写真は,本件新聞紙面画像において,本件新聞記事2と同程度の大きさで,中央からやや上部の位置にカラーで目立つように表示されているものと認められ,独立して鑑賞する対象になり得るといえるから,本件新聞紙面画像における軽微な構成部分となるものともいえない。
したがって,本件写真の本件投稿記事への掲載は,付随対象著作物の利用に該当せず,同条を類推適用すべき理由もない。
4 争点4(本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由の有無)について
以上のとおり,本件写真に係る原告の著作権(公衆送信権)が侵害されたこ
とは明らかであるから,原告は,本件発信者に対して著作権(公衆送信権)侵
害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権等を有しており,その権利を
行使するために被告から本件発信者情報の開示を受ける必要がある。
これに対し,被告は,本件写真が本件投稿記事の投稿前に広く公表されていたことを理由に,著作権(公衆送信権)侵害による原告の実質的な損害は想定し難いと主張するが,本件写真が本件投稿記事の投稿前に公表されたことにより,本件発信者に対する著作権侵害行為による損害が発生しない又はその損害賠償請求権が失われると解すべき理由はない。
したがって,被告から本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある。
研究
本判決の意義と得られる指針
本判決は、争点3について、付随対象著作物について裁判所が適否の判断を示した点に意義があります。特に①分離困難性及び、②構成部分としての軽佻性について事案に応じて具体的な判断を示した点は、今後の実務においても参考になると考えられます。
また、争点2においてツイートで言及している本件記事2と関連性のない本件記事1に挿入された写真について引用の条件を満たさないと判断した点も一定の参考になると考えられます。
争点1における著作物性の判断、争点4における損害の発生を前提とする正当理由の肯定は、本事例に特有の判断ではありませんが、類似の判断の一つとして同様の主張がされている事案においては参考になるでしょう。
本判決の留意点
しかしながら、付随対象著作物該当性については、マスキング可能性によって安易に分離困難性を否定すれば、あらゆる表現、特にデジタルデータにはマスキングやモザイク処理が可能であり、そうした手間や負担を軽減するためもあって導入された本規定の意義が没却され兼ねないことから疑問も感じる部分です。
特に本件は、被引用新聞の題字を示すという意味で、本件写真が映り込む一定の意味があったと考えられることから、分離困難性についてはもう少し検討の余地があったように考えられます。
なお、著作権法32条の2は、令和2年において改正されています。本判決は改正前の条文における判断である点にも留意が必要です。改正後の規定は、本件のようなインターネット上の権利侵害に広く反論として主張可能であり、そのうち一定のケースにおいて反論が認められるのではないかと考えられる規定となっています。
参考条文(付随対象著作物の利用) 第三十条の二 (改正後)
1 写真の撮影、録音、録画、放送その他これらと同様に事物の影像又は音を複製し、又は複製を伴うことなく伝達する行為(以下この項において「複製伝達行為」という。)を行うに当たつて、その対象とする事物又は音(以下この項において「複製伝達対象事物等」という。)に付随して対象となる事物又は音(複製伝達対象事物等の一部を構成するものとして対象となる事物又は音を含む。以下この項において「付随対象事物等」という。)に係る著作物(当該複製伝達行為により作成され、又は伝達されるもの(以下この条において「作成伝達物」という。)のうち当該著作物の占める割合、当該作成伝達物における当該著作物の再製の精度その他の要素に照らし当該作成伝達物において当該著作物が軽微な構成部分となる場合における当該著作物に限る。以下この条において「付随対象著作物」という。)は、当該付随対象著作物の利用により利益を得る目的の有無、当該付随対象事物等の当該複製伝達対象事物等からの分離の困難性の程度、当該作成伝達物において当該付随対象著作物が果たす役割その他の要素に照らし正当な範囲内において、当該複製伝達行為に伴つて、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該付随対象著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
2 前項の規定により利用された付随対象著作物は、当該付随対象著作物に係る作成伝達物の利用に伴つて、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該付随対象著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。