「直虎」の商標を巡る記事コメントの補足
弁護士ドットコムニュースに、コメントさせて頂きました。「直虎」の商標を巡る記事です。
https://www.bengo4.com/internet/n_5946/
以下、コメントについて、言い切れないことなどもあるので、記事コメントに敷衍しながら補足させて頂きます。
記事にもあるとおり、今回は「他人の…氏名…を含む商標」の商標登録を禁じた商標法4条1項8号違反の問題とも考えられます。
商標法4条1項柱書 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。 商標法4条1項8号 他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。) |
しかし、特許庁の商標審査基準においては、8号にいう「他人」とは現存している人物を意味するとされています。このように、歴史上の人物や、架空の人物など現存しない人物の人物名が商標登録の対象となった場合、基本的にこれを禁じる規程はなく、例外的に商標法4条1項7号の包括的な拒絶理由に該当しない限り、商標登録は可能ということになります。
商標法4条1項7号 公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標 |
今回のように現存しない歴史上の人物の名称は、商標法4条1項7号に規定された「公序良俗」に反する商標か否かの問題となります。本件は7号の問題なので、単に歴史上の人物名を使ったというだけでは足りません。歴史上の人物名を商標登録することが、「当該人物に関連する公益的な施策に便乗し、その遂行を阻害する等公共の利益を損なうおそれがあると判断され」なければ商標登録が否定されません。要は、8号と違って、歴史上の人物の名称を使っていたとしても、それだけで商標登録が禁止されるというわけではなく、歴史上の人物の名称を商標登録することに何らかの不正な目的があるなどさらに踏み込んだ事情が必要になってきます。
つまり、特許庁はWEBでも公開している商標審査基準において、「周知・著名な歴史上の人物名であって、当該人物に関連する公益的な施策に便乗し、その遂行を阻害する等公共の利益を損なうおそれがあると判断される場合」、7号に違反するので、商標登録を行わないとしいます。このように、単に周知・著名な歴史上の人物名を使っただけでは商標登録が許されないわけではなく、「当該人物に関連する公益的な施策に便乗し、その遂行を阻害する等公共の利益を損なうおそれがある」ことまで、要求されることになります。
コメントでも述べましたが、しかし、特許庁における本件の判断結果は「公序良俗」に反するという判断に踏み込む以前のものでした。
つまり、そもそも「直虎」という名称の歴史上の人物は複数おり、出願は大河ドラマの放映前でもあったことから、そもそも「直虎」という標章は歴史上の著名な人物を指していないというのが、特許庁の判断のようです。
この歴史上の人物の商標登録について問題となった事件としてコメントでも紹介した葛飾北斎事件(平成24年11月 7日知財高裁 判決(平24(行ケ)10222号 審決取消請求事件)があります。「北斎」という書道文字と、図形を組み合わせた標章(リンク先判例の最終頁に添付された標章。)について、商標登録することが7号に違反しないか争われましたが、結果的に知的財産高等裁判所は、登録を認めなかった特許庁の判断を覆しています。
その理由として、「何らかの不正の目的がある」とまで言えないことが指摘されており、公序良俗に反するとまで言える事情がないと判断されています。このように、単に歴史上の人物の名前を使っただけはなく、町興しを妨害してやろうとか、高く商標を売りつけてやろうというような目的をもってとられた商標であるということまで、主張していかなければならず、7号違反はなかなかハードルとしては高いということになります。
また、上記判例では「北斎」という書道文字と、図形を組み合わせた標章に限って禁止権が発生するに過ぎないことから、その影響の範囲が限定的であることも指摘されています。今回の直虎は「標準文字商標」に限定して異議申立を行っていますので、浜松市等が、北斎事件より禁止範囲が大きい、つまり影響がずっと大きいという懸念から異議申立をしたのだと思います。また、そこに北斎事件との事案の相違点を見出し、勝機があると考えた側面もあるのではないかと考えられます。
商標法4条1項7号該当性について 前記2(1)アに認定したところによれば,本願商標は,その構成自体がきょう激な文字や卑わいな図形等である場合に該当するものとはいえないところ,本件審決は,本願商標は社会公共の利益に反し,社会の一般的道徳観念に反するものであると判断しているので,以下においては,本願商標を本件指定商品について使用することが社会公共の利益に反し,又は社会の一般的道徳観念に反するものといえるかどうかについて検討する。 (1) まず,前記2(1)アのとおり,本願商標は,「北斎」との筆書風の漢字と,飾北斎が用いた落款と同様の形状をした本件図形からなるところ,前記2(4)に認定した審判段階における原告の主張からすると,本願商標が商標登録された場合において,原告が本件指定商品について本願商標に基づき主張することができる禁止権の範囲は,「北斎」との筆書風の漢字と本件図形からなる構成に限定されると考えられることから,例えば,「北斎」との漢字文字のみからなる商標について,これが本願商標の禁止権の範囲に含まれるなどと主張することは,信義誠実の原則に反し許されないといわなければならない。 (2) また,前記2(2)のとおり,飾北斎の出身地である東京都墨田区や国内各地のゆかりの地においては,当該地域のまちづくりや観光振興のシンボルとして,同人の名を用いた施設の整備や催し物の開催等が行われているところであって,「北斎」の名称は,それぞれの地域における公益的事業の遂行と密接な関係を有している。したがって,原告が本願商標の商標登録を取得し,本件指定商品について,本願商標を独占的に使用する結果となることは,上記のような各地域における公益的事業において,土産物等の販売について支障を生ずる懸念がないとはいえない。 しかしながら,前記(1)のとおり,原告が本件指定商品について本願商標に基づき主張することができる禁止権の範囲は,「北斎」との筆書風の漢字と本件図形からなる構成に限定されると考えられることからすれば,当該公益的事業の遂行に生じ得る支障も限定的なものにとどまるというべきである。 (3) さらに,前記2(2)のとおり,飾北斎は,日本国内外で周知,著名な歴史上の人物であるところ,周知,著名な歴史上の人物名からなる商標について,特定の者が登録出願したような場合に,その出願経緯等の事情いかんによっては,何らかの不正の目的があるなど社会通念に照らして著しく社会的相当性を欠くものがあるため,当該商標の使用が社会公共の利益に反し,又は社会の一般的道徳観念に反する場合が存在しないわけではない。 しかしながら,原告による本願商標の出願について,上記のような公益的事業の遂行を阻害する目的など,何らかの不正の目的があるものと認めるに足りる証拠はないし,その他,本件全証拠によっても,出願経緯等に社会通念に照らして著しく社会的相当性を欠くものがあるとも認められない。 (4) 以上のとおり,本願商標の商標登録によって公益的事業の遂行に生じ得る影響は限定的であり,また,本願商標の出願について,原告に不正の目的があるとはいえず,その他,出願経緯等に社会通念に照らして著しく社会的相当性を欠くものがあるとも認められない本件においては,原告が飾北斎と何ら関係を有しない者であったとしても,原告が本件指定商品について本願商標を使用することが,社会公共の利益に反し,又は社会の一般的道徳観念に反するものとまでいうことはできない。 したがって,本願商標は,商標法4条1項7号にいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当するものではない。 |
ただ、浜松市等は井伊直虎のオリジナルキャラクターなどの利用を地元企業に推奨していくようであり、コメントでも述べましたが、そうした方策をとれば今後に大きな影響は生じないのではないかと考えられます。キャラクターはイラストにより視覚的に商品、サービスと紐づきますので、「直虎」という標章とのコンフリクトは考えにくいからです。また、より懸念を小さいものにするため今後双方で何らかの協議を行っていくことができれば、双方にメリットになると考えられることはコメントしたとおりです。
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