刑事訴訟法の証拠と自白法則ーサイバー犯罪と自白
自白は、証拠の(女)王とも呼ばれます。犯人であればもっとも最も克明に犯行行為を把握、記憶しているはずであり、真実の自白が引き出せれば証拠価値は高いでしょう。しかし、そのことも相俟って自白偏重の捜査が横行し、刑事訴訟法は自白の取扱について厳格なルールを敷いています。
サイバー犯罪も、捜査が難しいケースも多く、自白偏重の傾向に陥りやすいところでしょう。パソコン遠隔操作事件では、当初否認していた複数の被害者が自白に至り、冤罪のリスクがありました。
ここでは、サイバー犯罪にも大きく影響する自白の刑事手付き上の取り扱いを巡るルールをご紹介します。
目次
①自白の任意性
任意にされたものでない疑いのある自白は証拠とできない(319条1項)。自白とは、犯罪事実の全部または主要部分を認める被告人の供述で、自白に満たない不利益事実を認める供述は承認(322条1項)と呼ばれる。
任意性に疑いのある証拠の証拠能力が否定される趣旨は、ⅰ.任意性に疑いのある自白は虚偽である可能性が高く認定を誤らせるから排除する点にある。また、ⅱ.強制や拷問により得られた自白を排除し、被告人の黙秘権保障を担保する点にある。
したがって、「任意にされたものでない…自白」とは、Ⅰ内容が虚偽である疑いがある自白乃至、Ⅱ被告人の人権を侵害することにより得られた疑いのある自白をさす。
①-①強制、拷問、脅迫による自白
拷問、脅迫などの強制行為に基づく自白は、内容が虚偽である疑いが強く(Ⅰ)、被告人の黙秘権も侵害している(Ⅱ)から、証拠能力が認められない(319条1項)。強制行為と自白に因果関係がある限り、証拠能力が否定される。したがって、警察官の面前で強制行為による自白をした場合、検察官の面前での自白にも、その影響が及ぶ以上、検察官の面前での自白も証拠能力を否定される(最判昭和32年7月19日参照)。
注1)これに対して、警察官の面前で強制による自白をし、同内容の自白を公判廷でしたとしても、公判廷での自白については、因果関係の切断が認められる。したがって、公判廷での自白には、証拠能力が認められる。
①-②不当に長く抑留又は拘禁された後の自白
不当に長い抑留、拘禁による精神的、身体的逼迫により、虚偽になされた疑いのある自白(Ⅰ)ないし、供述の自由を制圧されてした疑いのある自白(Ⅱ)の証拠能力は、否定される(319条1項)。不当に長い抑留、拘禁と自白とに因果関係が必要である。
注1)したがって、不当に長い抑留、拘禁後の自白でも、身体拘束当初からの自白と内容が一貫している場合は、因果関係が否定され、証拠能力が肯定される。
①-③その他
①-③-①約束による自白
起訴猶予、釈放などの利益処分を約束することでされた自白は、内容が虚偽の疑いが高く、証拠能力が否定される(最判昭和41年7月1日)。
①-③-②虚偽による自白
妻が、被告人の犯行をほのめかしているなどの、虚偽に基づく自白も、被告人が心理的な影響を受け、内容虚偽の自白を行う蓋然性が高いので、証拠能力が否定される(最大判昭和45年11月25日)。
①-③-③長時間の取調べ
長時間の取調べにより精神的、肉体的に圧力をかけてされた自白には、任意性が認められない可能性もある。
①-③-④接見交通権の侵害
接見交通権を侵害した場合、態様、状況によっては、任意性が否定される。もっとも、一部の弁護人との接見を不当に拒絶していていても、他の弁護人との面会の直後に自白した場合は、自白の任意性が肯定された判例(最決平1年1月23日-82事件)もある。
①-③-⑤黙秘権の告知
黙秘権の告知が無かったからといって、直ちにその後の取調べでなされた自白の任意性が否定されるわけではない。しかし、取調べを通じて黙秘権の告知が一度もされなかったような場合、捜査官の黙秘権を尊重しない態度が伺え、また、黙秘権告知による被告人の心理的解放が無かったものと考えられ、自白の任意性を否定する重要な資料となる(浦和地判平成3年3月25日-80事件)。
②補強証拠法則
自白が自己に不利な唯一の証拠である場合には、有罪とされない(319条2項)。自白は本人の犯罪事実の自認であり過大に評価されやすい。したがって、自白から独立した証拠を要求し、誤判を防止する。また、自白さえ得れば有罪にできるとなれば、自白強要を誘発するおそれがある。
注1)319条2項は公判によると否とを問わない旨を明示している。しかし、憲法38条2項は、公判による自白を含むと明示していない。したがって、公判廷における被告人の自白に補強証拠を要求するのは、憲法上の要請ではない。よって、公判における自白を唯一の証拠として有罪判決をしても、上告理由(405条1号)とはならない(最判昭和42年12月21日)。
②-①補強証拠を要する範囲
自白の補強証拠が要求される第1の趣旨は、空中楼閣的な事実が犯罪として成立してしまうことを防止する点にある。したがって、補強証拠は、犯罪事実のうち、客観的構成要件要素について存在し、自白が架空の物でないことを証明できれば足ると考える。したがって、客観的構成要件要素の主要部分、すなわち、自白の真実性を保障できる範囲に補強証拠が認められれば、有罪とできる。
注1)主観的構成要件要素については、架空犯罪でないことを証明することに必須とまで言えず、補強証拠は不要である。
注2)犯人と被告人の同一性については、補強証拠を要求するのは酷であり、罪体の主要部分に補強証拠を認定できれば足るから、不要と解する。
②-②補強証拠の証拠能力
補強証拠も、刑罰権の存否ないしその範囲を画する事実の認定に用いられるから、適式な証拠調べ手続きを経た、証拠能力を有する証拠であることが必要である。また、補強証拠の趣旨は、空中楼閣的な事実が犯罪として成立してしまうことを防止する点にあり、自白と独立した証拠でなければ、補強証拠として認められない(補強証拠適格)。
注1)承認に関しては、メモなど、無意識に機械的に作成されたものであれば、自白との独立性を肯定しうる。
注2)共犯者の自白は、被告人の自白とは一応独立しているといえる。共犯者と被告人は別個の人格だからである。
②-③補強証拠の証明力
補強証拠法則の趣旨は、空中楼閣的な事実が犯罪として成立することを防ぐ点にある。したがって、自白と併せて、補強証拠により、犯罪事実が客観的に実在することが担保される程度の証明力が、補強証拠には要求されると考える。
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