知的財産高等裁判所では現在、少なくとも5件の発信者情報開示請求訴訟に関する裁判例があります(令和3年6月12日現在)。
①平成20年7月17日知的財産高等裁判所判決・裁判所ウェブサイト掲載(ライブドア傍聴記事件)、②平成30年4月25日知的財産権高等裁判所判決・裁判所ウェブサイト掲載(リツイート事件控訴審)、③ 令和3年2月4日知的財産高等裁判所判決・裁判所ウェブサイト掲載、④ 令和3年3月11日知的財産高等裁判所判決・裁判所ウェブサイト掲載、⑤令和3年5月31日知的財産高等裁判所判決・判例集未掲載(令和3年6月12日現在)の5件です。
このうち、①ライブドア傍聴記事件は著作物性に関する重要な判示を含む著名裁判例ですが、著作物性が否定されてしまったため、プロバイダ責任制限法に関して知的財産高等裁判所としての解釈適用を行っていません。そうすると、知的財産高等裁判所が発信者情報開示請求訴訟においてプロバイダ責任制限法の解釈適用を行った裁判例は4件ということになります。
では、どうしてこれほどまでに裁判例が少ないのでしょうか。それは、著作権侵害に係る裁判例の絶対数が少ないことに加えて、プロバイダ側で通信の秘密の侵害による刑事責任を確実に免れるために判決を必要としており和解はしないもののも真剣に争っていない訴訟が多く、プロバイダ側全面敗訴でも控訴しないという事例が多いからだと思われます。
実際に、上記の5件の内、4件が一審原告(一部)敗訴の後、一審原告から控訴された事案です。
次に、上記4件の裁判例の内、②、⑤は客観的な論点が争われた事案です。つまり、ログイン時のアクセスログそれ自体が開示の対象となるか否かが争われました。この論点は本訴のレベルでは本来殆ど争われない論点です。
これに対して、③の事例はログインに用いられた通信網の契約者情報、④の事例はメールアドレス登録者の情報がそれぞれ、発信者情報に該当するかという属人的、主観的な論点が争われた事例です。
以下、4件の裁判例の内プロ責法に関する判示部分を概観していきます。なお、裁判例中下線や強調などは弊所によります。また、赤字部分は弊所解説部分です。
目次
②平成30年4月25日知的財産権高等裁判所判決・裁判所ウェブサイト掲載(リツイート事件控訴審)
当該事案は、弊所の担当事案ですが、知的財産高等裁判所がプロバイダ責任制限法について解釈を示した初の本格的な事案となります。
但し、②の事案と⑤の事案はともに、ログイン時のアクセスログがプロバイダ責任制限法省令5号、8号(改正前4号、7号)に該当するか否かという、本訴のレベルではほぼ判断されていない特殊な論点について判断した事案である点はご注意ください。通常の訴訟で問題となるのは、ログイン時のアクセスログから特定される契約者の情報が省令1号から4号(改正前は1号から3号)に該当するかという問題です。
このように、本事案では最新のログイン時点のアクセスログが発信者情報に該当するかどうかが争われました。そして、知的財産高等裁判所は『省令4号の「侵害情報に係るアイ・ピー・アドレス」には当該侵害情報の発信に関係しないものは含まれず,また,当該侵害情報の発信と無関係なタイムスタンプは同7号の「侵害情報が送信された年月日及び時刻」に当たらないと解するのが相当である』と判示しました。
つまり、ログイン時のアクセスログについて、少なくとも侵害情報の発信と何らかの関係性が必要であると判示したものです。
そのうえで、事案の当てはめにおいて、『控訴人が開示を求める最新のログイン時IPアドレス及びタイムスタンプは,本件において侵害情報が発信された上記各行為と無関係であり,省令4号及び7号のいずれにも当たらないというべき』として、ログイン時情報の開示請求部分について棄却しました。
以下、判決文より引用です。
「侵害情報の流通によって」(プロバイダ責任制限法4条1項1号)及び「発信者」(同法2条4号)について
前記⑸ア,イのとおり,本件リツイート行為は,控訴人の著作者人格権を侵害する行為であるところ,前記⑸ア,イ認定の侵害態様に照らすと,この場合には,本件写真の画像データのみならず,HTML プログラムや CSS プログラム等のデータを含めて,プロバイダ責任制限法上の「侵害情報」ということができ,本件リツイート行為は,その侵害情報の流通によって控訴人の権利を侵害したことが明らかである。
そして,この場合の「発信者」は,本件リツイート者らであるということができる。
最新のログイン時IPアドレス等の発信者情報該当性…について
(1) 控訴人は,最新のログイン時IPアドレスが省令4号の「侵害情報に係るアイ・ピー・アドレス」に,同タイムスタンプが同7号の「侵害情報が送信された年月日及び時刻」に該当し,プロバイダ責任制限法4条1項の「権利の侵害に係る発信者情報」に当たる旨主張する。
そこで判断するに,プロバイダ責任制限法4条1項は「特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は,・・・当該権利の侵害に係る発信者情報(氏名,住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものをいう。・・・)の開示を請求することができる。」と定めているところ,同項は,「当該権利の侵害に係る発信者情報」について開示を認めるとともに,具体的に開示の対象となる情報は総務省令で定めるとし,省令はこれを受けて,省令4号は「侵害情報に係るアイ・ピー・アドレス・・・及び当該アイ・
ピー・アドレスと組み合わされたポート番号」と,同7号は「侵害情報が送信された年月日及び時刻」とそれぞれ定めているのであるから,省令4号の「侵害情報に係るアイ・ピー・アドレス」には当該侵害情報の発信に関係しないものは含まれず,また,当該侵害情報の発信と無関係なタイムスタンプは同7号の「侵害情報が送信された年月日及び時刻」に当たらないと解するのが相当である。
ログイン情報が発信者情報に当たるのかという論点について、関係性を有しないログイン情報はこれに該当しないと判示しています。
なお,控訴人は,省令の解釈上最新のログイン時IPアドレス等の開示が認められないのであれば省令はプロバイダ責任制限法による委任の趣旨に反し違法である旨主張する。しかし,侵害情報の発信者の特定に資する情報であっても開示の対象とならないものがあることはプロバイダ責任制限法4条1項の上記規定が予定するところであって,省令の規定が同項による委任の趣旨に反するということはできない。
これを本件についてみると,前記前提事実に加え,証拠(甲4の1・3・6・7)及び弁論の全趣旨によると,本件アカウント1が開設されたのは平成25年4月1日であり,本件プロフィール画像設定行為がされたのは遅くとも平成27年1月21日であること,本件ツイート行為2がされたのは平成26年12月14日であること,本件ツイート行為3~5がされたのは平成26年12月14日頃であることが認められる。なお,控訴人が札幌地方裁判所に本件訴えを提起したのは平成27年3月25日である。
そうすると,控訴人が開示を求める最新のログイン時IPアドレス及びタイムスタンプは,本件において侵害情報が発信された上記各行為と無関係であり,省令4号及び7号のいずれにも当たらないというべきである。したがって,別紙発信者情報目録記載2及び3についての控訴人の被控訴人米国ツイッターを運営するXcorp.に対する請求は理由がない。
控訴人が開示を求める最新のログイン時IPアドレス及びタイムスタンプは上記の侵害情報発信との関係性が明らかでないため、本件における判断としては開示の対象とならないと判示しています。
⑵ これに対し,控訴人は,①ツイッターにおいては,被控訴人らが唯一保有している最新ログイン時IPアドレス及びこれに対するタイムスタンプが開示されなければ,控訴人の権利を侵害した侵害発信者を特定する途を絶たれることになる,②プロフィール写真として無断使用された場合,全ツイート記事へ画像表示されることは,公知の事実であり,プロフィールに画像を設定することは,投稿時から永続的に権利侵害が継続されるから,アカウントが存在し続けること自体が不作為的に侵害情報を送信し続けていることを意味すると主張し,さらに,裁判を受ける権利(憲法32条),著作権に化体された財産権(憲法29条),著作者人格権に化体された幸福追求権(憲法13条),平等権(憲法14条1項)などの人権と,情報発信者のプライバシー,表現の自由,通信の秘密などとを比較衡量すると,最新ログイン時IPアドレス及びこれに対するタイムスタンプの開示が認められるべきであると主張する。
しかし,プロバイダ責任制限法4条及び同法の委任による省令は,発信者が有するプライバシーや表現の自由,通信の秘密等の権利・利益と権利を侵害された者の差止め,損害賠償等の被害回復の利益との調整を図るために設けられた規定であって,プロバイダ責任制限法は,その範囲で発信者情報の開示を求める権利を認めているものである。
そして,前記⑴判示のとおり,プロバイダ責任制限法4条及び省令において開示を求める権利が認められているものの中に,最新ログイン時IPアドレス及びこれに対するタイムスタンプは含まれていない。
また,控訴人が主張する憲法の規定やそれらの趣旨を考慮したとしても,控訴人に,法律に定められていない発信者情報の開示を求める権利があると解することもできない。
したがって,控訴人の主張は,立法論にとどまるものというほかなく,失当である。
なお,プロフィール写真として無断使用された場合,全ツイート記事へ画像表示されるとしても,侵害行為としては,プロフィール画像として写真の画像ファイルをアップロードしたことで完結しており,その後画像表示が継続されることが当然に侵害行為となるということはできない。
事実関係によっては,不作為による侵害行為を構成することも考えられるが,本件において,そこまでの事実関係の主張立証はない。
③ 令和3年2月4日知的財産高等裁判所判決・裁判所ウェブサイト掲載
③の事例は、動画投稿サイトログイン時のログイン通信に用いられた通信網の契約者情報(氏名・住所等)の発信者情報開示を請求した事例です。③の事例は、ログイン情報の開示についてもっともオーソドックスな、ログイン時情報によって特定される契約者の情報を開示できるか、という主観的な論点について判断したものです。知的財産高等裁判所の判断で、ログイン時情報について一般的な裁判例で問題になっている論点について判断した唯一の事例というべきでしょう。
この点、知的財産高等裁判所は、『「発信者」とは,「特定電気通信役務提供者の用いる特定電気通信設備の記録媒体(当該記録媒体に記録された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報を記録し,又は当該特定電気通信設備の送信装置(当該送信装置に入力された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報を入力した者をう。」と定義されている』として、『記録媒体に侵害情報を記録し,又は送信装置に侵害情報を入力した者に関する情報が開示対象となることになるが,侵害情報の記録又は送信装置への入力という意味合いにおいて,侵害情報の送信に当たる行為は,本件投稿行為であるというほかない』と判示しています。
つまり、ログイン時の情報から特定できる契約者の情報は、原則的に発信者情報に該当しないと述べているように思えます。
そのうえで、『侵害情報の送信そのものでなく,その準備行為等,これと密接に関係するログインに係る発信者情報も,法4条1項の定める開示対象になると解したとしても,本件発信者情報1は,本件投稿行為の後約1年8か月も経過した後の最終ログインに係るものであって,侵害情報の送信の準備行為とはいえないことはもちろん,本件投稿行為との関連も極めて希薄なものというべきであるから,結局,本件発信者情報1が,法4条1項の定める開示対象であるとはいえない』として、密接に関連するログインに係る情報(但具体的な内容は不明。)の開示の余地を示しながらも、発信者情報開示請求を棄却しました。
しかし、当該裁判例はログイン者情報の開示に侵害情報との関連性を求める理由に発信者の定義を挙げていますが、この理由付けには疑問もあり、個人的には当該裁判例はログイン時情報が開示できるかという客観的な論点と、ログイン者の情報が開示できるかという主観的な論点を混同したものとして懐疑的な評価をすべき裁判例であると感じています。
以下、判決文より引用です。
本件発信者情報1は,法4条1項の「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当するか)について
⑴ア(ア) 法4条1項は,特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は,侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるときで,かつ当該発信者情報が当該開示の請求をする者の損害賠償請求権の行使のため必要である場合その他発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるときに限り,当該特定電気通信の用に供される特定電気通信役務提供者(開示役務提供者)に対し,その保有する当該権利の侵害に係る発信者情報(氏名,住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で
定めるものをいう。)の開示を請求することができる旨定め,これを受けて省令は,「発信者その他侵害情報の送信に係る者の氏名又は名称」(1号),「発信者その他侵害情報の送信に係る者の住所」(2号)が開示対象になるものと規定している。これは,文言上,侵害情報の発信者その他侵害情報の送信に係る者の氏名又は名称,住所を開示対象とする趣旨と解される。
また,法2条4号によれば,「発信者」とは,「特定電気通信役務提供者の用いる特定電気通信設備の記録媒体(当該記録媒体に記録された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報を記録し,又は当該特定電気通信設備の送信装置(当該送信装置に入力された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報を入力した者をう。」と定義されている。
そこで,本件においても,上記のように記録媒体に侵害情報を記録し,又は送信装置に侵害情報を入力した者に関する情報が開示対象となることになるが,侵害情報の記録又は送信装置への入力という意味合いにおいて,侵害情報の送信に当たる行為は,本件投稿行為であるというほかない。
ログイン者の情報開示について、解釈論を展開しています。
控訴人は,本件投稿行為のほか,ユーザ名Aの紹介ページにおいて,最終ログインの直近の本件投稿動画の再生の時点において控訴人動画及び控訴人画像の公衆送信権の侵害行為があり,最終ログインの直近の本件サムネイル画像1又は2の表示の時点において控訴人画像の氏名表示権侵害行為及び同一性保持権の侵害があったとして,これらの再生ないし表示をもって,侵害情報の送信であると主張する。
しかし,これらの再生ないし表示の時点で,特定電気通信設備の記録媒体への情報の記録又は特定電気通信設備の送信装置への情報の入力があるわけではなく,これらの再生ないし表示を省令が1号に定める侵害情報の送信ということはできないから,控訴人の主張は採用することができない。
また,控訴人は,本件サイトの管理画面にログインすることができる者が,紹介ページで表示されるサムネイル画像を選択し,その結果紹介ページで氏名表示権や同一性保持権の侵害が生じたと主張するが,このような主張も権利侵害行為と侵害情報の送信に当たる行為を混同するものというべきであり,本件投稿行為とは別の機会にサムネイル画像の選択行為が存在することを認めるに足りる証拠はないし,仮に,そのような選択行為が存在したとしても,以下に判示する理由が同様に当てはまるから,結論に影響を与えるものではない。
(イ) 本件発信者情報1は,侵害情報の送信である本件投稿行為そのものの発信者情報ではないから,法4条1項の定める開示対象とはいえない。
仮に,侵害情報の送信そのものでなく,その準備行為等,これと密接に関係するログインに係る発信者情報も,法4条1項の定める開示対象になると解したとしても,本件発信者情報1は,本件投稿行為の後約1年8か月も経過した後の最終ログインに係るものであって,侵害情報の送信の準備行為とはいえないことはもちろん,本件投稿行為との関連も極めて希薄なものというべきであるから,結局,本件発信者情報1が,法4条1項の定める開示対象であるとはいえない。
ログイン情報について、関連性がある場合開示の対象となり得ることを示唆しています。
イ 控訴人は,仮に,本件発信者情報1が侵害情報の送信である本件投稿行為に関する発信者情報ではないとしても,最終ログイン者が本件投稿行為をした者であることが認められ,ないしはそのように評価されると主張する。
しかし,以下のとおり,本件において最終ログイン者が本件投稿行為をしたと認め,又はそのように評価することはできない。
(ア) 本件サイトでユーザ名やパスワードが共有される可能性は否定できず,このことは本件サイトがアダルトサイトであるからといって排除されるものではないし,また,利用規約も遵守されるとは限らないこと,本件投稿行為から最終ログインまで約1年8か月を経過していることからすると,本件投稿行為をした者と,最終ログイン者の本件サイトにおけるユーザ名やパスワードが共通であったとしても,両者が同一とは直ちにはいえない。控訴人は,本件サイトの他のユーザが他者にユーザ名又はパスワードを使用させたことがないと述べている旨主張するが,わずか2例にすぎず(甲17,18),これを一般化することはできない。
(イ) 本件サイトでは6か月分しかログを保有しないので(甲3),本件投稿行為から約1年8か月後の最終ログインまで,最終ログインの際に用いられたIPアドレス以外のIPアドレスがユーザ名Aとして本件サイトにログインしていないかどうかは不明である。
(ウ) 令和元年5月17日付けの控訴人の開示請求(甲5)に対し,被控訴人は,遅くとも同年6月18日までに最終ログインに係るIPアドレスを付与された契約者に法4条2項に係る意見照会をした(甲6)が,その後である令和2年4月10日現在,本件サイトで,本件投稿動画があったURLにアクセスしようとすると,エラー表示がされるようになっている(甲19)ことが認められる。
しかし,エラー表示の原因が最終ログイン者による削除であるか否かは明らかでなく,また,仮にそうであったとしても,そのことから直ちに,最終ログイン者が本件投稿行為をした者であると推認することはできない。
ここでは発信者とログイン者が同一である場合、少なくともその推認が出来る場合にログイン者情報について発信者情報に該当すると述べているように読めるため限定的な解釈をしたように読めます。
(エ) 控訴人の主張するとおり,本件投稿動画の平成29年9月6日の時点での再生回数が4757回,平成30年10月18日の時点での再生回数が5500回と認められるとしても,そもそもこのような再生をした者(仮に,最終ログイン日もしくはそれに極めて近い日に本件動画を再生した者がいるとすればその者も含む。)と最終ログイン者,さらには本件投稿行為をした者の同一性を推認させる事情は何ら明らかにされていない。
ウ 控訴人は,最終ログイン者は,仮に物理的に自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体に本件投稿動画を記録した者でなかったとしても,当該記録を記録媒体から削除せずに保持し続け,意見照会後は削除しているのであるから,受信者からの求めに応じて自動的に情報を送信することができる状態を作り出す状態を維持したものであり,①送信可能化権侵害の主体である,②本件投稿行為者との共同不法行為者に当たる,③本件投稿行為者を幇助したものであると評価することができると主張する。
しかし,記録媒体から削除せずに保持し続けた行為をもって,送信行為と同視することはそもそもできないし,最終ログイン者と本件投稿者との関係を具体的に明らかにする証拠はなく,最終ログイン自体は時期的にみても本件投稿行為との直接的関連が認められない以上,控訴人の主張は採用できない。
エ 控訴人は,法4条1項の開示対象である「氏名,住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるもの」とは,発信者を特定(識別)するために参考となる情報一般を意味すると主張する。
しかし,そのような解釈は,侵害情報の発信者の特定に資する情報一般を開示の対象とするのでなく,特定電気通信(法2条1号)による情報の流通によって権利侵害を受けた者について加害者の特定を可能にして被害者の権利の救済を図るという要請と,情報の発信者のプライバシー,表現の自由,通信の秘密の保護の要請の双方に配慮し,開示を定める情報を限定的に列挙した法4条1項,省令の趣旨に反するもので,採用することができない。
⑵ 小括
以上によれば,本件発信者情報1は,法4条1項の「当該権利の侵害に係る発信者情報」に当たるとはいえない。
本件発信者情報2又は同3は,法4条1項の「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当するか
本件発信者情報2及び同3は,本件IPアドレスを本件投稿行為が行われた日時頃に割り当てられていた者の氏名又は名称及び住所であるが,そもそも,本件IPアドレスが,平成31年4月28日午後0時00分34秒(協定世界
時)と,本件投稿行為が行われた平成29年8月23日午前3時38分(協定世界時)に,同一人物に割り当てられていたと認めるに足りる証拠はない(なお,本件において最終ログイン者が本件投稿行為をしたと認め,又はそのように評価することはできないから,最終ログイン時に割り当てられた本件IPアドレスが本件投稿行為に用いられたIPアドレスであると推認できないことについては,前記1(1)イのとおりである。)。
以上によれば,本件発信者情報2及び同3は,法4条1項の「当該権利の侵害に係る発信者情報」に当たるとはいえない。
④ 令和3年3月11日知的財産高等裁判所判決・裁判所ウェブサイト掲載
④の事例は、ABEMAOWNDに登録されたメールアドレスの開示が請求された事案です。当該事案も、メール登録者の発信者情報該当性という主観的な論点が審理判断された事案です。
ここでも、知的財産高等裁判所は、『本件情報が本件投稿をした者の電子メールアドレスであるということができ,本件情報は,法4条1項の「発信者情報」に当たる』として、投稿者とメールアドレス登録者の同一性が必要であることを前提に開示を命じています。
しかし、メールアドレス登録者やアカウントログイン者と投稿者との同一性まで要請する必要はないものと思料されます。
以下、判決文より引用です。
本件情報が開示されるべき発信者情報に当たるか否かについて
(1)ア 本件サービスは,本件会員サービスに登録した会員において,登録時に設定したパスワード等を入力しなければ利用できないサービスである(前記1(1)ア,(2)ア)から,本件会員サービスへの登録手続をした者と,本件サービスの利用者とは,通常,同一人であると考えられる。
イ また,本件会員サービスへの登録に当たっては,氏名又は名称は含まれないものの,所定の事項を入力することが求められ,登録時に入力した電子メールアドレスに送信されたメールに記載されたURLをクリックして初めて本登録が可能となる(前記1(1)ア)。
そして,本件会員サービスの会員は,当該登録によって取得された一つのアカウントをもって,本件サービス以外にも,様々なサービスを利用することが可能となる(同(1)イ,ウ(ア))。
他方,本件規約は,登録時に虚偽の情報を掲載することや認証情報を第三者に利用させること等を禁止し(同(1)ウ(ウ),(オ)),登録情報に変更が生じた場合や認証情報を第三者に知られた場合等には被控訴人への連絡義務等を定め(同(1)ウ(カ)),それらの違反や著作権を侵害する投稿をした場合等については,被控訴人からの利用停止や退会処分等の制裁を課すこととされている(同(1)ウ(カ)~(ク))。
そして,以上の内容は,登録によって,会員と被控訴人との間の契約の内容となるとされている(同(1)ウ(エ))。
また,ガイドライン(乙4)でも,同様のことが定められている(同(2)イ)。
以上の点は,本件会員サービスへの登録に当たり,登録をする者が自らにおいて通常使用する電子メールアドレスを入力することを推認させる事情であるとともに,いったん会員となった者が,自己の認証情報を第三者に使用させたり,第三者に譲渡することがないことを推認させる事情であるといえる。
ウ 上記ア,イの点は,本件登録手続者及び本件会員や,本件サイトの開設についても,基本的に当てはまるものということができる。
(2) 本件登録手続者による本件会員サービスへの登録から本件サイトの開設までには,約7か月の期間があった(前記1(1)ア,(2)ア(イ))にすぎず,また,その間に,本件会員の認証情報が本件登録手続者から第三者に譲渡されたことをうかがわせる事情も存しない。
かえって,本件登録手続者による本件会員サービスへの登録から本件会員の認証情報を用いた本件サービスの利用開始までの間に,約7か月の期間があることは,本件登録手続者が,本件会員サービスへの登録の時点において,本件サービス以外の各種のサービスを利用することを予定していたことをうかがわせるもので,このことも,本件登録手続者が,自らが通常利用する電子メールアドレスを登録に用いたことを推認させる事情であるといえる。
(3) 本件会員の認証情報を用いて本件サービスの利用の登録がされ,本件サイトが開設された後の投稿内容(前記1(2)ア(イ))からすると,本件サイトの開設以降,本件サイトを運営する者に変更があったとは考え難い。
(4) その上で,被控訴人からの本件照会メールによる照会に対し,本件会員においてはこれを受領しているとみられるにもかかわらず,何ら返信をしていないこと(前記1(3))は,上記(2)及び上記(3)で指摘した各点を踏まえると,本件会員においては,被控訴人からの照会に誠実に回答する意向を有していないこと又は特段の意見がないこと若しくは開示を拒絶する合理的な理由を主張できないことを推認させる事情であるということができる。
(5) 上記(1)~(4)の点を踏まえると,本件登録手続者,本件会員及び本件投稿をした者は,いずれも同一人であると推認するのが合理的であり,この推認を覆すに足りる証拠はない。
したがって,本件情報が本件投稿をした者の電子メールアドレスであるということができ,本件情報は,法4条1項の「発信者情報」に当たるというべきである。
ここでも発信者情報について、本件投稿者と同一人物であることが、請求情報の開示条件と判断しています。
被控訴人の主張について
(1) 被控訴人は,本件サービスが氏名及び住所の登録を要しない無償サービスであること等から,本件会員サービスの登録時に他人又は虚偽の電子メールアドレスが被控訴人に提供された可能性がある旨の主張をするが,抽象的な可能性をいうものにすぎず,本件の具体的事情に基づく前記2の認定判断を左右するものではな
い。
フリーメールの利用が可能であることから電子メールアドレスを用いる場合の本人確認のレベルは必ずしも高くない旨の被控訴人の主張についても,同様である。
(2) 被控訴人は,仮に,本件サイトの開設当時には真に本件登録手続者本人の電子メールアドレスが登録されていたとしても,その後にID及びパスワードの譲渡等がされた可能性がある旨の主張をするが,これも抽象的な可能性をいうものにすぎず,本件の具体的事情に基づく前記2の認定判断を左右するものではない。
なお,本件情報の電子メールアドレスの保有者が本件投稿をした者であれば,被控訴人からの照会に対して反応があってしかるべきであるとの経験則が存するとはいえない。
(3) 被控訴人は,本件サービスに関し,複数人による管理や更新の可能性についても主張するが,これも抽象的な可能性をいうものにすぎず,本件の具体的事情に基づく前記2の認定判断を左右するものではない。
なお,本件登録手続者が他の者と共同して本件投稿をした場合でも,そのことをもって本件情報が法4条1項に
いう「発信者情報」に当たらないとはいえない。
(4) その他,被控訴人の主張は,前記2の認定判断を左右するものではない。
まとめ
以上によると,本件情報は法4条1項の「発信者情報」に当たるといえ,前記第2の2の前提事実等及び上記1の認定事実によると,控訴人において,被控訴人に対し,控訴人の著作権(複製権及び公衆送信権)の侵害に関し,本件情報の開示を求める正当な理由があることも認められる。
⑤令和3年5月31日知的財産高等裁判所判決・判例集未掲載(令和3年6月12日現在)
下記記事をご参照ください。