ウィニー事件
ウィニー事件は、著作権侵害の幇助責任を問われた被告人について無罪とされた事案です。1審は被告人を有罪とし、これに対して控訴審は逆転無罪判決を言い渡しました。上告審で最高裁判所は、控訴審が採用した規範を「当該ソフトの性質(違法行為に使用される可能性の高さ)や客観的利用状況のいかんを問わず,提供者において外部的に違法使用を勧めて提供するという場合のみに限定することに十分な根拠があるとは認め難く,刑法62条の解釈を誤ったものであるといわざるを得ない」としながら、自ら定立した規範に当てはめて結論としては無罪という控訴審判決を支持しました。
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目次
最高裁判決平成23年12月19日最高裁第三小法廷決定(平21(あ)1900号 事件名 著作権法違反幇助被告事件(ウィニー事件)・上告審)
判断基準(規範)
もっとも,Winnyは,1,2審判決が価値中立ソフトと称するように,適法な用途にも,著作権侵害という違法な用途にも利用できるソフトであり,これを著作権侵害に利用するか,その他の用途に利用するかは,あくまで個々の利用者の判断に委ねられている。また,被告人がしたように,開発途上のソフトをインターネット上で不特定多数の者に対して無償で公開,提供し,利用者の意見を聴取しながら当該ソフトの開発を進めるという方法は,ソフトの開発方法として特異なものではなく,合理的なものと受け止められている。新たに開発されるソフトには社会的に幅広い評価があり得る一方で,その開発には迅速性が要求されることも考慮すれば,かかるソフトの開発行為に対する過度の萎縮効果を生じさせないためにも,単に他人の著作権侵害に利用される一般的可能性があり,それを提供者において認識,認容しつつ当該ソフトの公開,提供をし,それを用いて著作権侵害が行われたというだけで,直ちに著作権侵害の幇助行為に当たると解すべきではない。かかるソフトの提供行為について,幇助犯が成立するためには,一般的可能性を超える具体的な侵害利用状況が必要であり,また,そのことを提供者においても認識,認容していることを要するというべきである。すなわち,ソフトの提供者において,当該ソフトを利用して現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認識,認容しながら,その公開,提供を行い,実際に当該著作権侵害が行われた場合や,当該ソフトの性質,その客観的利用状況,提供方法などに照らし,同ソフトを入手する者のうち例外的とはいえない範囲の者が同ソフトを著作権侵害に利用する蓋然性が高いと認められる場合で,提供者もそのことを認識,認容しながら同ソフトの公開,提供を行い,実際にそれを用いて著作権侵害(正犯行為)が行われたときに限り,当該ソフトの公開,提供行為がそれらの著作権侵害の幇助行為に当たると解するのが相当である。 |
規範の抜粋
最高裁判所は、価値中立的な新技術を提供するソフトウェアの公開について、『かかるソフト(ウィニーのような価値中立的なソフト※弊所注)の提供行為について,幇助犯が成立するためには,一般的可能性を超える具体的な侵害利用状況が必要であり,また,そのことを提供者においても認識,認容していることを要する』と判示しました。
そのうえで、具体的な侵害利用状況について、具体例として以下の2例を挙げています。
具体的な侵害利用状況の例示1
ソフトの提供者において,当該ソフトを利用して現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認識,認容しながら,その公開,提供を行い,実際に当該著作権侵害が行われた場合
具体的な侵害利用状況の例示2
当該ソフトの性質,その客観的利用状況,提供方法などに照らし,同ソフトを入手する者のうち例外的とはいえない範囲の者が同ソフトを著作権侵害に利用する蓋然性が高いと認められる場合で,
提供者もそのことを認識,認容しながら同ソフトの公開,提供を行い,実際にそれを用いて著作権侵害(正犯行為)が行われたとき
具体的なあてはめ
具体的な侵害利用状況の例示1について
最高裁判所は、例示1について「これを本件についてみるに,まず,被告人が,現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認識,認容しながら,本件Winnyの公開,提供を行ったものでないことは明らかである」としています。
具体的な侵害利用状況の例示2
最高裁判所は例示2について以下のとおり、詳細な検討を行っています。
最高裁判所例示2の事例へのあてはめ部分
次に,入手する者のうち例外的とはいえない範囲の者が本件Winnyを著作権
侵害に利用する蓋然性が高いと認められ,被告人もこれを認識,認容しながら本件Winnyの公開,提供を行ったといえるかどうかについて検討すると,Winnyは,それ自体,多様な情報の交換を通信の秘密を保持しつつ効率的に行うことを可能とするソフトであるとともに,本件正犯者のように著作権を侵害する態様で利用する場合にも,摘発されにくく,非常に使いやすいソフトである。
そして,本件当時の客観的利用状況をみると,原判決が指摘するとおり,ファイル共有ソフトによる著作権侵害の状況については,時期や統計の取り方によって相当の幅があり,本件当時のWinnyの客観的利用状況を正確に示す証拠はないが,原判決が引用する関係証拠によっても,Winnyのネットワーク上を流通するファイルの4割程度が著作物で,かつ,著作権者の許諾が得られていないと推測されるものであったというのである。
そして,被告人の本件Winnyの提供方法をみると,違法なファイルのやり取りをしないようにとの注意書きを付記するなどの措置を採りつつ,ダウンロードをすることができる者について何ら限定をかけることなく,無償で,継続的に,本件Winnyをウェブサイト上で公開するという方法によっている。
これらの事情からすると,被告人による本件Winnyの公開,提供行為は,客観的に見て,例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高い状況の下での公開,提供行為であったことは否定できない。
他方,この点に関する被告人の主観面をみると,被告人は,本件Winnyを公
開,提供するに際し,本件Winnyを著作権侵害のために利用するであろう者がいることや,そのような者の人数が増えてきたことについては認識していたと認められるものの,いまだ,被告人において,Winnyを著作権侵害のために利用する者が例外的とはいえない範囲の者にまで広がっており,本件Winnyを公開,提供した場合に,例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高いことを認識,認容していたとまで認めるに足りる証拠はない。
確かに,①被告人がWinnyの開発宣言をしたスレッド(以下「開発スレッ
ド」という。)には, Winnyを著作権侵害のために利用する蓋然性が高いといえる者が多数の書き込みをしており,被告人も,そのような者に伝わることを認識しながらWinnyの開発宣言をし,開発状況等に関する書き込みをしていたこと,②本件当時,Winnyに関しては,逮捕されるような刑事事件となるかどうかの観点からは摘発されにくく安全である旨の情報がインターネットや雑誌等において多数流されており,被告人自身も,これらの雑誌を購読していたこと,③被告人自身がWinnyのネットワーク上を流通している著作物と推定されるファイルを大量にダウンロードしていたことの各事実が認められる。これらの点からすれば,被告人は,本件当時,本件Winnyを公開,提供した場合に,その提供を受けた者の中には本件Winnyを著作権侵害のために利用する者がいることを認識していたことは明らかであり,そのような者の人数が増えてきたことも認識していたと認められる。
しかし,①の点については,被告人が開発スレッドにした開発宣言等の書き込み
には,自己顕示的な側面も見て取れる上,同スレッドには,Winnyを著作権侵害のために利用する蓋然性が高いといえる者の書き込みばかりがされていたわけではなく,Winnyの違法利用に否定的な意見の書き込みもされており,被告人自身も,同スレッドに「もちろん,現状で人の著作物を勝手に流通させるのは違法ですので,βテスタの皆さんは,そこを踏み外さない範囲でβテスト参加をお願いします。これは Freenet 系 P2P が実用になるのかどうかの実験だということをお忘れなきように。」などとWinnyを著作権侵害のために利用しないように求める書き込みをしていたと認められる。これによれば,被告人が著作権侵害のために利用する蓋然性の高い者に向けてWinnyを公開,提供していたとはいえない。
被告人が,本件当時,自らのウェブサイト上などに,ファイル共有ソフトの利用拡大により既存のビジネスモデルとは異なる新しいビジネスモデルが生まれることを期待しているかのような書き込みをしていた事実も認められるが,この新しいビジネスモデルも,著作権者側の利益が適正に保護されることを前提としたものであるから,このような書き込みをしていたことをもって,被告人が著作物の違法コピーをインターネット上にまん延させて,現行の著作権制度を崩壊させる目的でWinnyを開発,提供していたと認められないのはもとより,著作権侵害のための利用が主流となることを認識,認容していたとも認めることはできない。
また,②の点については,インターネットや雑誌等で流されていた情報も,当時の客観的利用状況を正確に伝えるものとはいえず,本件当時,被告人が,これらの情報を通じてWinnyを著作権侵害のために利用する者が増えている事実を認識していたことは認められるとしても,Winnyは著作権侵害のみに特化して利用しやすいというわけではないのであるから,著作権侵害のために利用する者の割合が,前記関係証拠にあるような4割程度といった例外的とはいえない範囲の者に広がっていることを認識,認容していたとまでは認められない。
③の被告人自身がWinnyのネットワーク上から著作物と推定されるファイルを大量にダウンロードしていた点についても,当時のWinnyの全体的な利用状況を被告人が把握できていたとする根拠としては薄弱である。
むしろ,被告人が,P2P技術の検証を目的としてWinnyの開発に着手し,本件Winnyを含むWinny2については,ファイル共有ソフトというよりも,P2P型大規模BBSの実現を目的として開発に取り組んでいたことからすれば,被告人の関心の中心は,P2P技術を用いた新しいファイル共有ソフトや大規模BBSが実際に稼動するかどうかという技術的な面にあったと認められる。
現に,Winny2においては,BBSのスレッド開設者のIPアドレスが容易に判明する仕様となっており,匿名性機能ばかりを重視した開発がされていたわけではない。
そして,前記のとおり,被告人は,本件Winnyを含むWinnyを公開,提供するに当たり,ウェブサイト上に違法なファイルのやり取りをしないよう求める注意書を付記したり,開発スレッド上にもその旨の書き込みをしたりして,常時,利用者に対し,Winnyを著作権侵害のために利用することがないよう警告を発していたのである。
これらの点を考慮すると,いまだ,被告人において,本件Winnyを公開,提
供した場合に,例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高いことを認識,認容していたとまで認めることは困難である。
以上によれば,被告人は,著作権法違反罪の幇助犯の故意を欠くといわざ
るを得ず,被告人につき著作権法違反罪の幇助犯の成立を否定した原判決は,結論において正当である。
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