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訴状における当事者特定のルール

民事訴訟法134条1項は、「訴えの提起は、訴状を裁判所に提出してしなければならない」と定め、同条2項は以下のとおり定めます。

訴状には、次に掲げる事項を記載しなければならない。

一  当事者及び法定代理人
二  請求の趣旨及び原因

民事訴訟法134条2項

当事者の記載方法

民事訴訟規則2条 1項 1号によれば当事者の特定は氏名(又は名称)及び「住所」によって行います。

1 訴状、準備書面その他の当事者もしくは代理人が裁判所に提出すべき書面には、次に掲げる事項を記載し、当事者又は代理人が記名押印するものとする。
一 当事者の氏名又は名称及び住所並びに代理人の氏名及び住所
二 事件の表示
三 附属書類の表示
四 年月日
五 裁判所の表示
2 前項の規定にかかわらず、当事者又は代理人からその住所を記載した同項の書面が提出されているときは、以後裁判所に提出する同項の書面については、これを記載することを要しない。

民事訴訟規則第2条(当事者が裁判所に提出すべき書面)

住所の意義

訴状に記載される住所は、当事者を特定する趣旨であり、そのために記載すべき住所の意義は、必ずしも送達可能な住所や現住所に限られるわけではありません。

平成21年12月25日東京高裁判決・判タ 1329号263頁は、最後の就業地など当事者と関係の深い住所の記載があれば当事者の特定のための訴状の記載としては足りると判示しています。

1 民事訴訟の当事者は,判決の名宛人として判決の効力を受ける者であるから,他の者と識別することができる程度に特定する必要がある。自然人である当事者は,氏名及び住所によって特定するのが通常であるが,氏名は,通称や芸名などでもよく,現住所が判明しないときは,居所又は最後の住所等によって特定することも許されるものと解される。  

3 上記2によれば,被控訴人らは,第1審相被告会社を継続的な就業場所としていた者であり,就業場所は,自然人の職業生活上の本拠として当該自然人との結び付きの強い場所であるから,就業場所が客観的に特定されている限り,これによって自然人を特定することも許されるものと解するのが相当であり,旧就業場所についても同様であると解される。そして,訴状記載の就業場所は,本件記録によれば,登記簿上の第1審相被告会社の商号及び本店所在地と合致しており,その特定に欠けるところはない。  そうすると,本件においては,被控訴人らは,氏名と旧就業場所によって当事者としての特定がされているものというべきである。

平成21年12月25日東京高裁判決・判タ 1329号263頁 

PR 弁護士齋藤理央は、ハンドルネームなど、被告の氏名の特定が不十分な状態での訴訟提起を複数件実施しています。インターネット上の著作権侵害などをはじめとする民事訴訟については、弊所までお気軽にご相談ください。

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    ハンドルネーム等による被告の特定

    では、どうしても被告の氏名や関連の強い住所が判明しない場合、訴訟は提起できないのでしょうか。特にインターネットを巡る権利侵害において当事者の特定に困難を来す例も多くなっています。そこで、ハンドルネームなどで被告を特定して訴状に記載し、訴訟を提起できるかなどが問題となります。

    この当事者の特定について、平成21年12月25日東京高裁判決(平21(ネ)4242号損害賠償請求控訴事件)は、「民事訴訟の当事者は,判決の名宛人として判決の効力を受ける者であるから,他の者と識別することができる程度に特定する必要がある。自然人である当事者は,氏名及び住所によって特定するのが通常であるが,氏名は,通称や芸名などでもよく,現住所が判明しないときは,居所又は最後の住所等によって特定することも許されるものと解される」と判示し、必ずしも実名や、現住所で当事者を特定する必要があるとは述べていません。

    ただし、通称や芸名は一定程度社会に浸透しているものである必要があり、単に適当につけられたハンドルネームはこれに当たらないという判断も十分に想定されるところです。したがって、被告の特定をハンドルネームだけで行い、住所も居所も判明していないような場合は、民事訴訟法133条2項1号の必要的記載がないものとして、訴訟は却下されるのが原則と言えそうです。

    しかし、当事者の特定は「民事訴訟の当事者は,判決の名宛人として判決の効力を受ける者であるから,他の者と識別することができる程度に特定する必要がある」ところ、この特定は、必ずしも訴訟提起の際に必要となるわけではありません。すなわち、平成16年(ラ)第99号 訴状却下命令に対する即時抗告事件 (基本事件:富山地方裁判所平成16年(ワ)第315号)は、「被告の特定について困難な事情があり,原告である抗告人において,被告の特定につき可及的努力を行っていると認められる例外的な場合には,訴状の被告の住所及び氏名の表示が上記のとおりであるからといって,上記の調査嘱託等をすることなく,直ちに訴状を却下することは許されないというべきである」と述べています。

    このように、被告の特定が困難なインターネット上の訴訟においては、ハンドルネーム等知れる限りの情報において訴訟を提起し、そのうえで情報保有者に対して文書送付嘱託、文書提出命令などを申し立てることも、理論上不可能とは言えないとも考えられます。

    もっとも、文書送付嘱託、文書提出命令などを申立てても、被告を他の者と識別することができる程度に特定出来ない場合は訴状却下ということになるでしょう。

    また、ハンドルネームなどで被告を特定するとしても、その前に発信者情報開示や弁護士会照会など出来る手段は尽くし、知れる限りの情報で被告を特定しているが条件となりそうです。

    ハンドルネームにも本名に近いものや、まったく場当たり的なものなどもあることから、そのハンドルネームの性質も全く影響がないわけではないと考えられます。
    結論としては、ハンドルネームで被告を特定することは余程著名で社会的に浸透し、そのハンドルネームから社会一般に特定の人物が想起されるような例外的な場合のみに許容されるものの、他の手段を尽くしてもハンドルネームしか判明しない場合は、訴訟提起の材料として訴状などに記載して訴訟上でしか利用できない手段によって被告の特定を行う手段とすることは、理論上不可能とは言えない、ということになりそうです。

    実際に弁護士齋藤理央では、住所はもちろん、氏名の特定も十分とは言えない状況での訴訟提起を複数件実施した実績があります。被告の特定に困難をきたしている場合は、お気軽にお問い合わせください。

    平成21年12月25日東京高裁判決(平21(ネ)4242号損害賠償請求控訴事件)

    平成21年12月25日東京高裁判決(平21(ネ)4242号損害賠償請求控訴事件)

     

    主文

    1 原判決を取り消す。
    2 本件を東京地方裁判所に差し戻す。

    事実及び理由

    第1 控訴の趣旨
    主文と同旨
    第2 事案の概要
    本件は,控訴人が,被控訴人らに対し,海外市場における商品先物取引の受託等を業とする株式会社日本インベストメントプラザ(以下「第1審相被告会社」という。)の従業員であった被控訴人らが,投機的取引の適格を欠く控訴人に不招請勧誘を行い,一任売買による過量な取引を行って,正常な金融取引秩序を逸脱して公序良俗に反する違法な取引をしたとして,不法行為に基づき,240万円の損害賠償及び遅延損害金の支払を求めた事案である。
    原審は,本件訴えの当事者(被告)の特定について,控訴人と面識があり,かつて第1審相被告会社に勤務していたことがある「丙川二郎」,「丁谷三郎」と名乗っていた者というだけでは,自然人の特定として不十分であるとして訴えを却下したところ,控訴人が原判決の取消し及び本件を原審に差し戻すことを求めて控訴した。
    第3 当裁判所の判断
    1 民事訴訟の当事者は,判決の名宛人として判決の効力を受ける者であるから,他の者と識別することができる程度に特定する必要がある。自然人である当事者は,氏名及び住所によって特定するのが通常であるが,氏名は,通称や芸名などでもよく,現住所が判明しないときは,居所又は最後の住所等によって特定することも許されるものと解される。
    2 これを本件についてみると,被控訴人らは,別紙訴状(写し)の当事者の欄に記載のとおり,就業場所と氏名で表示されている(なお,控訴人は,就業場所については,当審において「旧就業場所」と表示を訂正した。)。そして,訴状の請求原因の欄においては,被控訴人丙川二郎は,第1審相被告会社である「東京都江東区永代〈番地略〉
    株式会社日本インベストメントプラザ」の従業員であり,被控訴人丁谷三郎は,第1審相被告会社の「営業部 課長」の肩書を有し,控訴人との取引に具体的に関与した者であるとして,控訴人との取引における被控訴人らの言動が具体的に記載されている。
    3 上記2によれば,被控訴人らは,第1審相被告会社を継続的な就業場所としていた者であり,就業場所は,自然人の職業生活上の本拠として当該自然人との結び付きの強い場所であるから,就業場所が客観的に特定されている限り,これによって自然人を特定することも許されるものと解するのが相当であり,旧就業場所についても同様であると解される。そして,訴状記載の就業場所は,本件記録によれば,登記簿上の第1審相被告会社の商号及び本店所在地と合致しており,その特定に欠けるところはない。
    そうすると,本件においては,被控訴人らは,氏名と旧就業場所によって当事者としての特定がされているものというべきである。
    第4 結論
    以上によれば,被控訴人らは,当事者として特定されており,被控訴人らについて当事者の特定を欠くとして本件訴えを却下した原判決は相当でなく,本件控訴は理由があるから,民事訴訟法307条本文により,原判決を取り消した上,本件を東京地方裁判所に差し戻すこととする。

    平成16年(ラ)第99号 訴状却下命令に対する即時抗告事件 (基本事件:富山地方裁判所平成16年(ワ)第315号)

    さらに、当事者の特定は「民事訴訟の当事者は,判決の名宛人として判決の効力を受ける者であるから,他の者と識別することができる程度に特定する必要がある」ところ、この特定は、必ずしも訴訟提起の際に必要となるわけではありません。すなわち、下記名古屋高裁判例は、「被告の特定について困難な事情があり,原告である抗告人において,被告の特定につき可及的努力を行っていると認められる例外的な場合には,訴状の被告の住所及び氏名の表示が上記のとおりであるからといって,上記の調査嘱託等をすることなく,直ちに訴状を却下することは許されないというべきである」と述べています。

    平成16年(ラ)第99号 訴状却下命令に対する即時抗告事件
    (基本事件:富山地方裁判所平成16年(ワ)第315号)
    決  定
    富山県○○
    抗告人(基本事件原告) ○○
    住所不詳
    相手方(基本事件被告) コウヤマイチロウ
    主  文
    原命令を取り消す。
    理  由
    第1 本件抗告の趣旨及び理由
    別紙の「即時抗告の申立書」に記載のとおりである。
    第2 当裁判所の判断
    1 本件は,抗告人(基本事件原告)が,氏名不詳の者から騙されて「コウヤマイチロウ」名義の銀行預金口座に100万円を振込送金して同額の損害を被ったことから,上記預金口座の名義人の「コウヤマイチロウ」に対し,不法行為に基づき,上記の100万円,慰謝料10万円,弁護士費用10万円の合計120万円及びこれに対する平成16年8月2日(不法行為の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた訴訟において,訴状の被告の住所及び氏名の表示として,「住所不詳,コウヤマイチロウ」と記載したところ,原審裁判所が,抗告人に対し補正を命じた上,被告の住所及び氏名が特定されていないとして訴状を却下したため,これを不服とする抗告人が本件抗告を申し立てた事案である。
    2 記録によれば,抗告人は,訴状において,不法行為に基づく損害賠償請求の相手方である被告の表示につき,被告名を「コウヤマイチロウ」と,住所地を「住所不詳(後記する振込先預金口座の登録住所)」とそれぞれ記載した上,その振込先預金口座として,「三井住友銀行永山支店,普通預金,口座番号○○,名義人コウヤマイチロウ」と記載していることが認められる。
    そして,銀行預金口座を開設するに際しては,口座開設者の氏名,住所等を記入した申込書の提出を要すること(顕著な事実。しかも,書類等により口座開設者が本人であることの確認などもすべきものとされている。)を踏まえると,抗告人は,上記預金口座を開設した自称「コウヤマイチロウ」なる人物を本件の被告として訴訟を提起したことが明らかである。
    3 なるほど,訴状の被告名は上記預金口座の名義人である片仮名の名前にすぎず,しかも,住所表示(訴状送達の便宜等のために有益であり,また,被告を特定する上で有用であることから実務上記載されるのが一般である。)は「不詳」とされている。しかし,抗告人は,本件訴訟提起前に,弁護士照会等により,所轄の滑川警察署長及び上記預金口座のある三井住友銀行永山支店宛に「コウヤマイチロウ」の住所及び氏名(漢字)を問い合わせるなどの手段を尽くしたものの,協力が得られず,やむなく上記の記載の訴状による訴えを提起したことが認められる。そして,抗告人は,本件訴訟提起と同時に上記銀行に対する調査嘱託を申し立てているところ,これらの方法により,「コウヤマイチロウ」の住所,氏名(漢字)が明らかとなり,本件被告の住所,氏名の表示に関する訴状の補正がなされることも予想できる。
    したがって,本件のように,被告の特定について困難な事情があり,原告である抗告人において,被告の特定につき可及的努力を行っていると認められる例外的な場合には,訴状の被告の住所及び氏名の表示が上記のとおりであるからといって,上記の調査嘱託等をすることなく,直ちに訴状を却下することは許されないというべきである。
    4 よって,本件訴状却下命令を取り消すこととして,主文のとおり決定する。
    平成16年12月28日
    名古屋高等裁判所金沢支部第2部

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