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日本将棋連盟は、令和元年9月13日において棋譜の利用を制限する「棋譜利用に関するお願い」と題する要望文を公表し、波紋が広がっているようです。

この問題は、棋譜と呼ばれるものが何か、あるいは図面と呼ばれるものが何かを整理して論じることが有益となりそうです。

棋譜は本来、歴史上の事実である棋士と棋士の対局(あるいは対局経過)を、棋譜の書方のルールに則って、棋譜用紙に記載したものと理解されます。また、図面は、同じく対局の場面を図面に再現したものです。

すると、棋譜及び図面の他に、「対局経過」という概念が存在し、棋譜の利用という場合に、そのまま棋譜や図面自体の利用を意味する場合と、対局経過の利用、あるいは独占が許されるか、という潜在的な法的争点を意味している場合があることに注意が必要になると考えられます。

棋譜が問題となるのは、棋譜を参照して棋譜を作成した場合だけ

棋譜は、対局経過を表現したものとして著作物になり得ますので著作権の問題にし得ます。しかしながら、イラストを挿入したり、表現上通常の棋譜より見やすく工夫し個性が顕れたものなどでなければ著作物性は否定されるでしょう。

一般的な棋譜自体に著作物性が認められる可能性はほぼ無いでしょう。

しかし、棋譜の著作物性を一つの論点とすれば、この論点を前提として、棋譜をデッドコピーする場合のほか、棋譜を参照して自ら棋譜を起こす場合は、著作権法上の問題ともできるでしょう。

反対に、それ以外の利用の場合はそもそも著作権は問題とならないというのが素直な理解だと思われます。

上記の図でおわかりいただけるとおり、対局自体から書き起こされた図面や別の棋譜は、問題となる棋譜をそもそも参照していないため、著作権法のフレームに乗ってきません。また、問題となる棋譜から図面を書き起こした場合も、棋譜と図面はあまりに表現形式が違うため、やはり、著作権法上の問題とはならないと考えられます。

このように、そもそも棋譜が著作物性をクリアできるかという問題の以前に、著作権を問題にした場合、棋譜から棋譜を書き起こした場合に問題が限定されるという問題があります。

そうすると、棋譜から棋譜を起こした場合以外の多くの場面が主張の枠外になるため、そもそも、将棋連盟の主張を支えるには著作権法は適した法律構成とは言えないということになりそうです。

対局経過を独自に棋譜あるいは図面にする場合

これに対して、やはり、問題の本質は棋譜をデッドコピーする場合や、棋譜を参照して棋譜を作成する場合に限られないように思われます。

つまり、棋譜から棋譜を起こすような場合の他の場面もそれぞれ、許諾が必要という主張が、棋譜を巡る争点の中核と考えられ、そうすると、紛争の本質は棋譜の利用というより対局経過の独占が許されるか、という問題であると理解した方が適切と思われます。

対局経過の独占を主張する場合

実際にも対局経過の独占を主張する場合は、対局経過から書き起こされるあるゆる棋譜、図面に対してコントロールが及び得ます。おそらく、将棋連盟が問題にしているのは、将棋連盟が書き起こした棋譜から、さらに棋譜を書き起こす場合に限っての話ではなく、主張の実態はやはり、棋譜の著作権というよりは、対局経過の法的な独占という方が実態に近いのではないかと思われます。以下場面ごとにみていきます。

中継などを自ら棋譜あるいは図面に起こす場合

歴史的事実である棋士の対局経過を独自に棋譜あるいは図面にする場合、すでにつくられた棋譜は関係がありません。よってこの場合やはり、著作権の問題とはならず、一般不法行為法上保護される営業上の利益として、対局経過を独占できるかの問題となると考えられます。

棋譜から図面をつくる場合あるいは図面から棋譜にする場合

この場合は棋譜の利用が間接的であることに留意が必要です。上記のとおり、棋譜と図面の表現形式に共通性はなく、棋譜を図面に起こしているというより、棋譜から判明する対局経過を図面に起こしているという理解ができるからです。

実際にも、棋譜と図面に表現された対局経過が同一であったとしても、同じ対局経過の表現方法として棋譜と図面に表現の本質的特徴の一致はないものと考えられ、この場合、棋譜や図面といった表現物の著作権法上の保護の問題とはならないと考えられます。そうするとここでも、紛争の中核は表現物の利用というより、表現物に包含された歴史的事実としての対局経過の利用独占の可否という方が正しいと言えそうです。そうするとやはり、この場面も著作権法上の問題ではなく、対局経過の独占を前提とした営業利益の侵害の有無という方が正確であることがわかります。

対局経過の著作権・著作隣接権による保護

対局経過という歴史的事実は著作権法上保護される著作物になり得ません(著作権法10条2項参照)。そこで、対局経過の独占を主張するとき、その法律構成は、著作権というより営業上の利益に求める方が主張の実態に近い構成ということはこれまで述べました。

しかし、現行法ではかなり難しいですが、実演として対局経過を保護するアプローチの検討も無益とまでは言えないかもしれません。あるいは、対局経過自体が、2人の棋士の表現物という理解も、絶対に成り立たないとまでは言えないかもしれません。その場合、対局経過自体が対局棋士の共同著作物という理解になるかもしれません。

しかし、現行著作権法ではやはり、純然たる事実として対局経過自体を保護するのは一般的に極めて困難と思料されます。

対局経過の独占が法律上許され得るのか

上記に述べたとおり、対局経過の独占は、一般不法行為法上の営業利益の侵害となるかどうかという観点から判断されるべきと考えられます。

一見荒唐無稽な主張とも考えられますが、スポンサーが高い懸賞金を出して棋士が実力磨き、高いレベルで対局したことで初めてその対局が実現したということも言えます。そうすると、対局をリアルタイムで大々的に私的にインターネット配信して収益を得る場合など、将棋連盟やスポンサー企業の営業上の利益を侵害する場面が全くないとまでは言えないかもしれません。

しかし、将棋ファンが個人的にインターネット上で対局に言及する場合にまで、営業上の利益を害するとは言い難いと考えられます。

このように、棋譜を巡る争点の実態は、対局経過の独占が許されるか、という側面から検討した方が、問題の性質から核心に迫ることができそうです。