商標権は、正規品の転売の場合、実質的な違法性がないという論拠で商標権侵害にならないと理解されています。
並行輸入品における最高裁判所判決
最高裁平成15年2月27日第一小法廷判決・民集57巻
2号125頁参照は、並行輸入の案件について、「(1) 当該商標が外国における商標権者又は当該商標権者から使用許諾を受けた者により適法に付されたものであり,(2) 当該外国における商標権者と我が国の商標権者とが同一人であるか又は法律的若しくは経済的に同 一人と同視し得るような関係があることにより,当該商標が我が国の登録商標と同 一の出所を表示するものであって,(3) 我が国の商標権者が直接的に又は間接的に当該商品の品質管理を行い得る立場にあることから,当該商品と我が国の商標権者が登録商標を付した商品とが当該登録商標の保証する品質において実質的に差異がないと評価される場合には,いわゆる真正商品の並行輸入として,商標権侵害としての実質的違法性を欠くものと解するのが相当である」と判示しました。
その理由として、最高裁判所は、「商標法は,「商標を保護することにより,商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り,もって産業の発達に寄与し,あわせて需要者の利益を保護することを目的とする」ものであるところ(同法1条),上記各要件を満たすいわゆる真正商品の並行輸入は,商標の機能である出所表示機能及び品質保証機能を害することがなく,商標の使用をする者の業務上の信用及び需要者の利益を損なわず,実質的に違法性がないということができるからである」としています。
プログラムの改変と実質的違法性の阻却
たびたび問題となるのが、部品やハードウェアの改変を行わず、ファームウェアやOSなど正規品にインストールされたプログラムの改変を行った商品の転売です。
iPhone脱獄事件(OS(IOS)の改変)
例えば、脱獄(ジェイルブレイク)したiPhoneの販売で、逮捕される例がたびたび報道されています。ジェイルブレイクは、プログラムの改変を伴うため、ソフトウェアの改変が正規品の転売の際に認められる違法性の阻却を否定し得る事情かが問題となります。
この点について争われた、平成29年 5月18日 千葉地裁 判決(判時 2365号118頁)は下記のとおり判示して、違法性の阻却を認めませんでした。
「前記認定のとおり,被告人がAらに販売した脱獄iPhoneのハードウェア自体には特に改変が加えられておらず,真正商品との差異として認めることができるのは,ソフトウェアであるiOSにc社が配信を許可したアプリ以外のアプリをインストールして利用可能にする改変が加えられた点に尽きている。この改変によって品質に実質的な差異が生じ,商標の出所表示機能及び品質保証機能が害されるか否かが商標権侵害の成否を分けるところ,iOSはソフトウェアであり,ハードウェアであるiPhoneそのものとは一応別個の存在ということができる。しかし,iOSはiPhoneを作動させるために不可欠の機能を担っている上,iPhoneにおいてiOS以外のオペレーティングシステムの利用が予定されていないことは公知の事実であり,iOSはiPhoneの不可分かつ一体の構成要素にほかならない。そうすると,iOSの改変はiPhoneの本質的部分の改変に当たるものというべきである。そして,脱獄によって真正商品では利用できないアプリをインストールして利用することが可能となった点は,スマートフォンの活用方法が利用可能なアプリによって大きく左右されることに照らしても,それ自体,iPhoneのスマートフォンとしての機能に重要な変更を加えるものというべきである。しかも,脱獄iPhoneの場合,真正商品であればc社による審査の過程で排除可能なマルウェアが混入したアプリがインストールされて被害を受けるおそれがあり,そのセキュリティレベルは真正商品のそれよりも低い水準にあるものといわざるを得ない。これらの点からすると,脱獄iPhoneは,真正商品の本質的部分に改変が加えられた結果,機能やセキュリティレベルといった品質面で相当な差異が生じているものというべきで,商標の品質保証機能が害されているものといわなければならない。また,c社が禁じているiOSの改変のためにこのような真正商品との品質の差異が生じている脱獄iPhoneの提供主体を同社とみることはできないから,商標の出所表示機能も害されている。
以上のとおり,被告人がAらに販売した脱獄iPhoneの品質は真正商品のそれとは相当な差異以上のとおり,被告人がAらに販売した脱獄iPhoneの品質は真正商品のそれとは相当な差異があり,商標の出所表示機能及び品質保証機能が害されているから,その譲渡について実質的違法性が阻却されることはない。」
Wii事件(ファームウェアの改変)
同様に、任天堂の商品「Wii」のファームウェアを改変した事例で、名古屋高等裁判所は上記の最高裁判例を引用し、下記のように述べました。
すなわち、平成24(う)125号商標法違反,著作権法違反被告事件において、平成25年1月29日名古屋高等裁判所刑事第2部判決は、「上述の観点からすれば,当初は,商標権者又はその許諾を得た者により,適法に商標が付され,かつ,流通に置かれた真正商品であっても,それら以外の者によって改変が加えられ,かつ,その改変の程度が上記出所表示機能及び品質保証機能を損なう程度に至っているときには,これを転売等して付されている商標を使用することにつき,実質的違法性を欠くといえる根拠が失われていることも自明である。したがって,本件において,原審の主要な争点であり,また,所論も問題としている本件Wiiと真正品との同一性は,その改変の程度が,実質的に出所表示機能及び品質保証機能を損なう程度に至っているかどうかという観点から判断されるべきものと解される」と判示しています。
そのうえで、「原判決の判断は,同一性を論じる意味合いの点を含め,必ずしも整理されたものとはいい難いが,被告人のハックにより加えられた改変の内容,程度が,商品としての同一性を失わせるものであり,商標の持つ出所表示機能及び品質保証機能を害する程度に至っているとして,本件各行為につき商標権侵害を肯定したことは,正当である」と判示して、事案においてファームウェアを改変したWiiと、真正品のWiiとの同一性は損なわれているとして、事案における違法性を認めた原審の判断を是認しました。