名誉声望保持権
著作権法113条6項は、「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、その著作者人格権を侵害する行為とみなす」、と規定しています。
同条項は、第4の著作者人格権としての名誉声望権と指摘されることもある規定です。すなわち、著作権法は、氏名表示権、公表権、同一性保持権を著作者人格権として規定しています。しかし、著作権法113条6項は、著作権法上の著作者人格権と異なる条件で、著作者人格権侵害を導くことから、第4の著作者人格権を定めているに等しいという評価も、成り立ち得ます。
平成 5年 8月30日東京地裁判決(昭63(ワ)6004号損害賠償等請求事件〔目覚め事件〕)
名誉声望保持権違反の著名判例のひとつが目覚め事件一審判決です。同判例では、一審において同一性保持権と並んで名誉声望保持権侵害が認められ、著作者人格権侵害に対する金100万円の慰謝料が損害として認定されている点で、損害賠償額の認定という意味でも非常に多くの示唆を含んだ判例です。
本件テレビドラマが原告著作物の翻案であることは右五に認定判断したとおりであるけれども、他方、原告著作物と本件テレビドラマは、主人公の夫が帰国して後の後半の基本的ストーリーは、原告著作物が、章子が就職したことが直接的なきっかけとなって、章子夫婦は離婚し、章子は、章子の新しい生き方を尊重する男性と再婚するのに対し、本件テレビドラマでは、章子と夫との間に溝ができかけるが、章子はよい妻になろうと決意し、夫の単身赴任先に同行しようと大騒ぎしたことを夫に謝って夫婦は和解し、夫は再度単身赴任するというもので、大きく異なっている。また、本件テレビドラマには、原告著作物には登場しない、主人公の社宅の隣人の美貴夫婦、主人公の学生時代の先輩玲子等が登場する点でもストーリーが異なっていることも前記五3に認定判断したとおりである。 更に、原告著作物には、会社の命ずる海外単身赴任が一組の夫婦に与えた波乱、夫の任地への同行を望む妻の積極的な行動とその過程で明かになる海外単身赴任の実情、企業が社員のみでなくその妻をも支配している状況、支配されている自分に屈辱を感じ、働く女として自立しようとする妻と、夫は仕事妻は家庭という伝統的役割分業観の夫との葛藤と離婚、妻を対等のパートナーと理解し家事も分担する夫との再婚が描かれ、表題も、現在の結婚の在り方に疑問を持ち、社会的に目覚めて自分の道を模索する妻の姿を端的に示す「目覚め」とつけられている。 これに対し、本件テレビドラマは、海外単身赴任が夫婦、家族の生活に与える影響も描きつつ、やりがいのある仕事をするために必要な場合もあると肯定的にとらえ、夫婦の愛情のみを大切に考えて同伴を強く望んでいた妻が、夫の海外単身赴任先での仕事にかける情熱を理解し、よい妻であろうと決心して単身赴任を受け入れると、厳しく対応していた夫の上司も、意外とものわかりよく夫に再赴任の機会を与えるいう形で問題が解決するなど、企業批判の思想は汲み取れず、また、女性が社会へ出て働くことの肯定的態度はうかがわれるが、男性の伝統的分業観への批判や、離婚をもいとわない女性の自立の主張は読み取ることはできず、社会的な視野の狭いあさはかな妻が夫との同伴を求めて大騒ぎしたが、結局は反省して夫の単身赴任を受け入れるというもので、表題も「悪妻物語?夫はどこにも行かせない!」とつけられている。 右のような基本的ストーリーの変更、表現内容の変更、表題の変更は、原告著作物のような読み物をテレビドラマ化する場合、外面的な表現形式の相違により必然的に生ずる表現の削除、付加、変更の範囲をはるかに超えた変更であり、原告が原告著作物について有している同一性保持権を侵害するものである。 また、右に認定したような原告著作物の基本的ストーリー、表現内容又は表題の変更は、原告著作物についての原告の創作意図に反する利用であり、後記九2認定のとおり、女性の自立、女性の権利擁護のための著述活動、社会的活動を行って来た原告の名誉又は声望を害する方法による原告著作物の利用であることも明らかであるから、著作権法一一三条三項により、原告の著作者人格権を侵害したものとみなされるものである。 …[中略]… 前記甲第一一号証、甲第一三号証、甲第一四号証、乙第一号証、乙第二号証及び原告本人尋問の結果に前記各認定事実を総合すれば、原告は、投稿誌「わいふ」の編集長として同誌を主宰するとともに、女性の自立、女性の権利擁護を目指す著作活動、社会活動を行っているものであること、原告は、山脇史子の、夫が海外赴任を命じられたが、会社が妻の同行を許さないことや、同人が会社の右措置に対し強い不満を抱いていることなどの訴えに興味を抱き、「わいふ」に山脇の投稿を掲載したが、現在の結婚の内容や制度に疑問を持ち、社会的に目覚めて、自分の道を模索している妻達の姿を世に伝えたいと考えるようになり、右山脇の同意を得て、同人の投稿のほか、投稿の前後に同人から聴取した内容をもとにして、原告著作物を著述したこと、原告著作物には、会社の命ずる海外単身赴任が一組の夫婦に与えた波乱、夫の任地への同行を望む妻の積極的な行動とその過程で明らかになる海外単身赴任の実情、企業が社員のみでなくその妻をも支配している状況、支配されている自分に屈辱を感じ、働く女として自立しようとする妻と、夫は仕事妻は家庭という伝統的役割分業観の夫との葛藤と離婚、妻を対等のパートナーと理解し家事も分担する夫との再婚等が具体的に表現され、表題も、現在の結婚の在り方に疑問を持ち、社会的に目覚めて自分の道を模索する妻の姿を端的に示す「目覚め」とつけられていることが認められる。 |
なお、同判例は、平成 8年 4月16日東京高裁判決 (平5(ネ)3610号 ・ 平5(ネ)3704号損害賠償請求控訴事件 〔目覚め事件・控訴審〕)においても、控訴棄却とされ東京高等裁判所により、是認されています。
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