I2練馬斉藤法律事務所

I2練馬斉藤法律事務所は練馬駅前に所在し、著作権を中心とした知的財産権やインターネット法、損害賠償や刑事弁護、一般民事などを広く取り扱っています。

水戸芸術館のこち亀コラージュ削除問題を通じて、パロディと著作権法違反の問題が議論となっているようです。

この問題は、著作権の世界では昭和55年にすでに最高裁まで争われ、決着している問題になります。

基本的に、今回のケースは文句なく著作権法に違反する、という結論はあまり法律家の間では疑義が出ないのではないかと思われます。

すなわち、昭和55年 3月28日最高裁第三小法廷原判決破棄差戻判決(昭51(オ)923号 損害賠償請求事件 〔パロディ写真最高裁判決事件〕)は下記の様に判断しました。

 法三〇条一項第二は、すでに発行された他人の著作物を正当の範囲内において自由に自己の著作物中に節録引用することを容認しているが、ここにいう引用とは、紹介、参照、論評その他の目的で自己の著作物中に他人の著作物の原則として一部を採録することをいうと解するのが相当であるから、右引用にあたるというためには、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができ、かつ、右両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があると認められる場合でなければならないというべきであり、更に、法一八条三項の規定によれば、引用される側の著作物の著作者人格権を侵害するような態様でする引用は許されないことが明らかである。
 そこで、原審の確定した前記事実に基づいて本件写真と本件モンタージュ写真とを対照して見ると、本件写真は、遠方に雪をかぶつた山々が左右に連なり、その手前に雪におおわれた広い下り斜面が開けている山岳の風景及び右側の雪の斜面をあたかもスノータイヤの痕跡のようなシュプールを描いて滑降して来た六名のスキーヤーを俯瞰するような位置で撮影した画像で構成された点に特徴があると認められるカラーの写真であるのに対し、本件モンタージュ写真は、その左側のスキーヤーのいない風景部分の一部を省いたものの右上側で右シュプールの起点にあたる雪の斜面上縁に巨大なスノータイヤの写真を右斜面の背後に連なる山々の一部を隠しタイヤの上部が画面の外にはみ出すように重ね、これを白黒の写真に複写して作成した合成写真であるから、本件モンタージュ写真は、カラーの本件写真の一部を切除し、これに本件写真にないスノータイヤの写真を合成し、これを白黒の写真とした点において、本件写真に改変を加えて利用し作成されたものであるということができる。
 ところで、本件写真は、右のように本件モンタージュ写真に取り込み利用されているのであるが、利用されている本件写真の部分(以下「本件写真部分」という。)は、右改変の結果としてその外面的な表現形式の点において本件写真自体と同一ではなくなつたものの、本件写真の本質的な特徴を形成する雪の斜面を前記のようなシュプールを描いて滑降して来た六名のスキーヤーの部分及び山岳風景部分中、前者についてはその全部及び後者についてはなおその特徴をとどめるに足りる部分からなるものであるから、本件写真における表現形式上の本質的な特徴は、本件写真部分自体によつてもこれを感得することができるものである。そして、本件モンタージュ写真は、これを一瞥しただけで本件写真部分にスノータイヤの写真を付加することにより作成されたものであることを看取しうるものであるから、前記のようにシュプールを右タイヤの痕跡に見立て、シュプールの起点にあたる部分に巨大なスノータイヤ一個を配することによつて本件写真部分とタイヤとが相合して非現実的な世界を表現し、現実的な世界を表現する本件写真とは別個の思想、感情を表現するに至つているものであると見るとしても、なお本件モンタージュ写真から本件写真における本質的な特徴自体を直接感得することは十分できるものである。そうすると、本件写真の本質的な特徴は、本件写真部分が本件モンタージュ写真のなかに一体的に取り込み利用されている状態においてもそれ自体を直接感得しうるものであることが明らかであるから、被上告人のした前記のような本件写真の利用は、上告人羽本件写真の著作者として保有する本件写真についての同一性保持権を侵害する改変であるといわなければならない。
 のみならず、すでに述べたところからすれば、本件モンタージュ写真に取り込み利用されている本件写真部分は、本件モンタージュ写真の表現形式上前説示のように従たるものとして引用されているということはできないから、本件写真が本件モンタージュ写真中に法三〇条一項第二にいう意味で引用されているということもできないものである。そして、このことは、原審の確定した前示の事実、すなわち、本件モンタージュ写真作成の目的が本件写真を批判し世相を風刺することにあつたためその作成には本件写真の一部を引用することが必要であり、かつ、本件モンタージュ写真は、美術上の表現形式として今日社会的に受けいれられているフォト・モンタージュの技法に従つたものである、との事実によつても動かされるものではない。

また、上記差戻判決を受けて、「昭和58年 2月23日東京高裁控訴棄却判決(昭55(ネ)911号損害賠償請求控訴事件 〔「パロディー写真裁判」差戻控訴事件〕)」は、下記の通り判示しました。

 本件モンタージュ写真は、カラーの本件写真の一部を切除し、これに本件写真にないスノータイヤの写真を合成し、これを白黒とした点において、本件写真に改変を加えて利用作成したものということができる。
 そして、利用された本件写真部分は、外見的には本件写真そのものと同一ではなくなつたが、本件写真の本質的特徴をなすとみるべき、雪の斜面をシュプールを描いて滑降して来た六名のスキーヤーの部分及び山岳風景の部分中、前者はその全部、後者はなおその特徴をとどめるに足る部分からなるものであるから、本件写真における表現形式上の本質的な特徴は、利用された本件写真部分自体において感得することができるものである。また、本件モンタージュ写真は、これを一見しただけで、右の本件写真部分にスノータイヤの写真を付加することによつて作成されたものであることを看取しうるものであるから、それが前認定のような非現実的な世界を表現し、本件写真とは別個の思想感情を表現するものと見ることができるとしても、なお本件モンタージュ写真から本件写真の本質的特徴を直接感得しうるというに妨げないものである。
 してみると、控訴人のした本件写真部分の複製利用は、被控訴人が本件写真の著作者として有する本件写真についての同一性保持を侵害する改変であるといわなければならず、また、その著作者としての被控訴人の氏名を表示しなかつた点において、氏名表示権を侵害したものといわなければならない。

このように、パロディーは原著作物との主従関係が見いだせず著作権法32条1項の引用の要件を満たすものでなく、したがって、著作権法違反の帰結を免れ得ませんし、同一性保持権を筆頭とする著作者人格権侵害の誹りも免れ得ない態様の利用ということになっています。

今回のこち亀コラージュも全く同じ問題であり、著作権法上は違法と言わざるを得ないでしょう。

もっともパロディを適法とすべきとの意見は確かに根強く、上記判例の差戻前控訴審である「昭和51年 5月19日東京高裁原判決破棄判決(昭47(ネ)2816号損害賠償請求事件 〔パロディモンタージュ写真事件〕差戻前控訴審)」も下記の通り述べています。

 次には本件写真の引用が右規定のいう「正当ノ範囲内ニ於テ」なされたといえるか否かについて考えなければならないが、ここにいう「正当ノ範囲」とは、右規定が著作権の社会性に基づき、これに公共的限界を設け、他人による自由利用(フエア・ユース)を許諾する法意であることに鑑み、自己の著作物に著作の目的上引用を必要とし、かつ、それが客観的にも正当視される程度の意味と解するのが相当である。
 ところで、〈書証〉及び原審証人Nの証言を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、一九一〇年代の初期に西欧の画家ピカソ、ブラツクらは画面に絵具を塗る代りに模様紙、新聞紙、切手、レツテル等を貼りつけるパピエ・コレという絵画の前衛的表現手法を始めたが、ダダイスム並びにシユールレアリスムの作家たちは、これを引継いでコラージユ(フランス語の「糊」colleに由来する。)の技法に発展させた。これに影響されて、ドイツの写真家ジヨン・ハートフイールド及び風刺画家グロツスは一九一九年フオト・モンタージユの技法を創り出した。もともと二枚以上の写真の貼りつけ、多重露出、二重焼付け等による合成写真術は写真史の初期から行なわれていたが、フオト・モンタージユ(モンタージユはフランス語の「組合わせ」mon-togeに由来する。)は、他人の手になつた既成写真を素材とし、これにトリミング(カツト)のほか、右のような合成写真術を施したものをいくつか組合わせて一つの写真を構成し、コラージユ等が画面の絵画的統一を狙つたのとは逆に、相互には無関係な原写真による意識的な違和効果を狙い、これによつて、看者に対し、原写真の本来のイメエジとはまつたく異質の風刺的、比喩的あるいは象徴的な印象を与えようとするものである。(なお、ジヨン・ハートフイールドは後にフオト・モンタージユの手法を用いてナチズムを痛烈に風刺したことで知られている。)以来、フオト・モンタージユは、世界的にひろまり、現在では、宣伝広告用にも多く使用されているが、特に、産業経済の急激な発達に伴う情報化時代を迎えて、過剰情報に対処すべき今日的な表現形式として、ポツプアート、イラストレーシヨン、前衛漫画等の分野とも交錯しながら美術写真家の一派によつて用いられ、社会的にも美術上の表現形式として、それなりに受け容れられ、評価されるに至つている。なお、フオト・モンタージユが風刺の目的をもつて作成されるとき、それは「言語によらないパロデイ」ともいわれ、視覚映像による批評形式にあたるものである。そして、右認定を左右するに足りる証拠はない。
 また、本件写真を、さきに認定したように、その発行の広告カレンダーに無記名で掲載したA・I・U社がアメリカ系資本による世界有数の損害保険会社であるという公知の事実に前出乙第一号証を照らしあわせるとA・I・U社のカレンダーは企業の宣伝広告用として昭和四二年当時国内の顧客らに広く配布されたものと推認されるが、成立に争いのない乙第五三号証及び原審における控訴人本人の供述によると、控訴人はグラフイツク・デザイナーとして昭和四二年ころからフオト・モンタージユの創作活動を続け、たまたまA・I・U社のカレンダーを入手して、美しい雪山の景観を対象とした本件写真に接し、かえつて、これに演出された疑以ユートピア思想を感じたため、フオト・モンタージユの形式で本件写真を批判し、併せて自動車公害におびえる世相を風刺することを意図し、本件写真の一部を素材に利用するとともに、これに自動車公害を象徴する巨大なスノータイヤの写真を合成して、本件モンタージユ写真を作成したうえ、風刺を基調とする作品集「SOS」に掲載して発表したものであること、なお、控訴人は当時本件写真が誰の著作物であるか知らなかつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
 以上の事実によると、控訴人は、本件写真を批判し、かつ、世相を風刺することを意図する本件モンタージユ写真を自己の著作物として作成する目的上、本件写真の一部の引用を必要としたものであることが明らかであると同時に、その引用の方法も、今日では美術上の表現形式として社会的にも受け容れられているフオト・モンタージユの技法に従い、客観的にも正当視される程度においてなされているということができるから、本件モンタージユ写真の作成は、他人の著作物のいわゆる「自由利用」(フエア・ユース)として、許諾さるべきものと考えられる。
 ただ、問題は、本件モンタージユ写真の作成が本件写真のさきに認定のような改変を伴うので、その利用が著作者の有する同一性保持権(現著作権法第二〇条第一項参照)を侵害するとして、正当の範囲を逸脱するという議論の成否である。なるほど原著作物とこれに依存する二次的著作物との対立として考えるならば、後者が前者の枠内に止まるべきことは著作物の同一性保持権の当然の要請であつて、原著作者の意に反する改変は許されないことになるであろうが、これと異なり、他人が自己の著作物において自己の思想、感情を自由に表現せんとして原著作物を利用する場合について考えるならば、その表現の自由が尊重さるべきことは憲法第二一条第一項の規定の要請するところであるから、原著作物の他人による自由利用を許諾するため著作権の公共的限界を設けるについては、他人が自己の著作物中において原著作物を引用し、これに対して抱く思想、感情を自由な形式で表現することの犠牲において、原著作物の同一性保持権を保障すべき合理的根拠を見出すことはできない。したがつて、他人が自己の著作物に原著作物を引用する程度、態様は、自己の著作の目的からみて、必要かつ妥当であれば足り、その結果、原著作物の一部が改変されるに至つても、原著作者において受忍すべきものと考えるのが相当であるから、本件モンタージユ写真における本件写真の引用がその同一性保持権を侵害するとして正当の範囲を逸脱するという考え方は成立しない。
 なお、一般にパロデイは、既存の著名作品に依存しがちであるため芸術的価値が相対的に低いといわれ、また、本格に対する破格という意味合で、多くの場合相当に不行儀でも、皮肉的でもあるが、批評の一形式として社会的には正当な表現方法というべきであるから、本件モンタージユ写真が本件写真のパロデイであるからといつて、その引用の目的における正当性を否定すべきいわれはない。

このように、現在パロディやコラージュが違法という帰結がはっきり出ているからと言って、将来に渡って同様の帰結とは限らず、例えば、フェアユースの規定が新設されたり、あるいは著作権法32条の引用の解釈が見直されて適法化される可能性は、十分考えらえるところです。その意味で、今回の社会的な議論も重要な議論となるでしょう。

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