競業避止義務、特に退職後の競業避止義務の有効性は制限的に解されています。
退職後の競業避止義務条項については、フオセコ・ジヤパン・リミテイツド事件における奈良地方裁判所昭和45年10月23日判例がリーディングケースとされています。
同判例は、「退職後特定の職業につくことを禁ずるいわゆる競業禁止の特約は経済的弱者である被用者から生計の道を奪い、その生存をおびやかす虞れがあると同時に被用者の職業選択の自由を制限し、又競争の制限による不当な独占の発生する虞れ等を伴うからその特約締結につき合理的な事情の存在することの立証がないときは一応営業の自由に対する干渉とみなされ、特にその特約が単に競争者の排除、抑制を目的とする場合には、公序良俗に反し無効であることは明らかである。従つて被用者は、雇用中、様々の経験により、多くの知識・技能を修得することがあるが、これらが当時の同一業種の営業において普遍的なものである場合、即ち、被用者が他の使用者のもとにあつても同様に修得できるであろう一般的知識・技能を獲得したに止まる場合には、それらは被用者の一種の主観的財産を構成するのであつてそのような知識・技能は被用者は雇用終了後大いにこれを活用して差しつかえなく、これを禁ずることは単純な競争の制限に他ならず被用者の職業選択の自由を不当に制限するものであつて公序良俗に反するというべきである」として、獲得した一般的知識・技能の活用を妨げる競業禁止契約は原則的に無効であると述べています。
そのうえで、同判例は「しかしながら、当該使用者のみが有する特殊な知識は使用者にとり一種の客観的財産であり、他人に譲渡しうる価値を有する点において右に述べた一般的知識・技能と全く性質を異にするものであり、これらはいわゆる営業上の秘密として営業の自由とならんで共に保護されるべき法益というべく、そのため一定の範囲において被用者の競業を禁ずる特約を結ぶことは十分合理性があるものと言うべきである。このような営業上の秘密としては、顧客等の人的関係、製品製造上の材料、製法等に関する技術的秘密等が考えられ…右のような技術的秘密を保護するために当該使用者の営業の秘密を知り得る立場にある者、たとえば技術の中枢部にタツチする職員に秘密保持義務を負わせ、又右秘密保持義務を実質的に担保するために退職後における一定期間、競業避止義務を負わせることは適法・有効と解するのを相当とする」と述べています。
つまり、一般的な知識・技術であるか、個別具体的な当該企業に特有の知識・技術であるかを一つの指標として掲げています。
このように、企業の守るべき利益の性質は、競業避止義務が有効か無効か判断すべき一つの重要な要素として、フオセコ・ジヤパン・リミテイツド事件以降の判例においても、条項の有効性の判断点の1つとされています。
さらに同判例は、「競業の制限が合理的範囲を超え、債務者らの職業選択の自由等を不当に拘束し、同人の生存を脅かす場合には、その制限は、公序良俗に反し無効となることは言うまでもないが、この合理的範囲を確定するにあたつては、制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償の有無等について、債権者の利益(企業秘密の保護)、債務者の不利益(転職、再就職の不自由)及び社会的利害(独占集中の虞れ、それに伴う一般消費者の利害)の三つの視点に立つて慎重に検討していくことを要するところ、本件契約は制限期間は二年間という比較的短期間であり、制限の対象職種は債権者の営業目的である金属鋳造用副資材の製造販売と競業関係にある企業というのであつて、債権者の営業が化学金属工業の特殊な分野であることを考えると制限の対象は比較的狭いこと、場所的には無制限であるが、これは債権者の営業の秘密が技術的秘密である以上やむをえないと考えられ、退職後の制限に対する代償は支給されていないが、在職中、機密保持手当が債務者両名に支給されていたこと既に判示したとおりであり、これらの事情を総合するときは、本件契約の競業の制限は合理的な範囲を超えているとは言い難く、他に債務者らの主張事実を認めるに足りる疎明はない。従つて本件契約はいまだ無効と言うことはできない」と述べます。
注目されるべきは、「合理的範囲を確定するにあたつては、制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償の有無等について、債権者の利益(企業秘密の保護)、債務者の不利益(転職、再就職の不自由)及び社会的利害(独占集中の虞れ、それに伴う一般消費者の利害)の三つの視点に立つて慎重に検討していくことを要する」とのべる部分です。
つまり①制限の期間、②場所的範囲、③制限の対象となる職種の範囲、④代償の有無などを判断要素として、債権者の利益と債務者の利益の総合衡量により、契約の有効性を判断すると述べています。さらに、同判例は債権者の利益と債務者の利益だけでなく社会的利益も衡量の要素となると判断しています。つまり、債権者の利益が大きく、これに比して債務者の不利益が小さい場合でも、競業避止義務が与える社会への不利益がとても大きい場合などは、契約が公序良俗違反になり得るなど、社会の利益も重要な衡量要素となり得る点を述べているものと解されます。
このように、総合すると、企業(債権者)の利益(一般的な技術・知識か、知的財産にも比肩し得る営業秘密、技術手段か。)、債務者の不利益(広範かつ無限定な制限か、限定的かつ合理的な制限を課されるに過ぎないか。)、社会的不利益(協業避止義務が社会に与える不利益が大きいものか、小さいものか)などを、制限の内容や制限が守ろうとしている利益の性質等に照らして利益衡量して、避止条項の有効、無効が決せられることになりそうです。