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北方ジャーナル事件

人格権に基づく差止請求権

最高裁昭和56年(オ)第609号同61年6月11日大法廷判決・民集40巻4号872頁は、「事前差止めの合憲性に関する判断に先立ち、実体法上の差止請求権の存否について考えるのに、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害された者は、損害賠償(民法七一〇条)又は名誉回復のための処分(同法七二三条)を求めることができるほか、人格権としての名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である。けだし、名誉は生命、身体とともに極めて重大な保護法益であり、人格権としての名誉権は、物権の場合と同様に排他性を有する権利というべきであるからである」と判示しています。

無審尋の仮処分による差止の可否

さらに、同判例は、「その事前差止めを仮処分手続によつて求める場合に、一般の仮処分命令手続のように、専ら迅速な処理を旨とし、口頭弁論ないし債務者の審尋を必要的とせず、立証についても疎明で足りるものとすることは、表現の自由を確保するうえで、その手続的保障として十分であるとはいえず、しかもこの場合、表現行為者側の主たる防禦方法は、その目的が専ら公益を図るものであることと当該事実が真実であることとの立証にあるのである(前記(二)参照)から、事前差止めを命ずる仮処分命令を発するについては、口頭弁論又は債務者の審尋を行い、表現内容の真実性等の主張立証の機会を与えることを原則とすべきものと解するのが相当である。ただ、差止めの対象が公共の利害に関する事項についての表現行為である場合においても、口頭弁論を開き又は債務者の審尋を行うまでもなく、債権者の提出した資料によつて、その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であり、かつ、債権者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があると認められるときは、口頭弁論又は債務者の審尋を経ないで差止めの仮処分命令を発したとしても、憲法二一条の前示の趣旨に反するものということはできない。けだし、右のような要件を具備する場合に限つて無審尋の差止めが認められるとすれば、債務者に主張立証の機会を与えないことによる実害はないといえるからであり、また、一般に満足的仮処分の決定に対しては債務者は異議の申立てをするとともに当該仮処分の執行の停止を求めることもできると解される(最高裁昭和二三年(マ)第三号同年三月三日第一小法廷決定・民集二巻三号六五頁、昭和二五年(ク)第四三号同年九月二五日大法廷決定・民集四巻九号四三五頁参照)から、表現行為者に対しても迅速な救済の途が残されているといえるのである」と判示し、無審尋での仮処分発令が認められる場合について論じています。

石に泳ぐ魚事件

最高裁判決

原審の確定した事実関係によれば、公共の利益に係わらない被上告人のプライバシーにわたる事項を表現内容に含む本件小説の公表により公的立場にない被上告人の名誉、プライバシー、名誉感情が侵害されたものであって、本件小説の出版等により被上告人に重大で回復困難な損害を被らせるおそれがあるというべきである。したがって、人格権としての名誉権等に基づく被上告人の各請求を認容した判断に違法はなく、この判断が憲法二一条一項に違反するものでないことは、当裁判所の判例(最高裁昭和四一年(あ)第二四七二号同四四年六月二五日大法廷判決・刑集二三巻七号九七五頁、最高裁昭和五六年(オ)第六〇九号同六一年六月一一日大法廷判決・民集四〇巻四号八七二頁)の趣旨に照らして明らかである。 平成13年2月15日東京高裁判決(平11(ネ)3989号 損害賠償等請求控訴事件)は、「人格的価値は極めて重要な保護法益であり、物権と同様の排他性を有する権利ということができる。したがって、人格的価値を侵害された者は、人格権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和六一年六月一一日大法廷判決民集四〇巻四号八七二頁)。 そして、どのような場合に侵害行為の事前の差止めが認められるかは、侵害行為の対象となった人物の社会的地位や侵害行為の性質に留意しつつ、予想される侵害行為によって受ける被害者側の不利益と侵害行為を差し止めることによって受ける侵害者側の不利益とを比較衡量して決すべきである。そして、侵害行為が明らかに予想され、その侵害行為によって被害者が重大な損失を受けるおそれがあり、かつ、その回復を事後に図るのが不可能ないし著しく困難になると認められるときは事前の差止めを肯認すべきである」とした上で、「出版等の差止めによって控訴人らの被る不利益を上まわる不利益が出版公表により被控訴人に生じるものということができる。そして、その不利益を防止するのに、事後的賠償によることは相当でないから、被控訴人の人格権に基づく本件小説の出版等の差止め請求はこれを肯認すべきである」と判示しています。

宗教法人名の冒用に基づく差止(天理教事件)

平成18年 1月20日最高裁第二小法廷判決(平17(受)575号 名称使用差止等請求事件(天理教事件))において最高裁判所は、「氏名は,その個人の人格の象徴であり,人格権の一内容を構成するものというべきであるから,人は,その氏名を他人に冒用されない権利を有する(最高裁昭和58年(オ)第1311号同63年2月16日第三小法廷判決・民集42巻2号27頁参照)ところ,これを違法に侵害された者は,加害者に対し,損害賠償を求めることができるほか,現に行われている侵害行為を排除し,又は将来生ずべき侵害を予防するため,侵害行為の差止めを求めることもできると解するのが相当である(最高裁昭和56年(オ)第609号同61年6月11日大法廷判決・民集40巻4号872頁参照)」と判示しています。その上で、宗教法人名の冒用について、「甲宗教法人の名称と同一又は類似の名称を乙宗教法人が使用している場合において,当該行為が甲宗教法人の名称を冒用されない権利を違法に侵害するものであるか否かは,乙宗教法人の名称使用の自由に配慮し,両者の名称の同一性又は類似性だけでなく,甲宗教法人の名称の周知性の有無,程度,双方の名称の識別可能性,乙宗教法人において当該名称を使用するに至った経緯,その使用態様等の諸事情を総合考慮して判断されなければならない」と判示しています。

検索エンジンからのインターネット投稿の削除

平成29年 1月31日最高裁第三小法廷決定(平28(許)45号 投稿記事削除仮処分決定認可決定に対する抗告審の取消決定に対する許可抗告事件)は、「個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は,法的保護の対象となるというべきである(最高裁昭和52年(オ)第323号同56年4月14日第三小法廷判決・民集35巻3号620頁,最高裁平成元年(オ)第1649号同6年2月8日第三小法廷判決・民集48巻2号149頁,最高裁平成13年(オ)第851号,同年(受)第837号同14年9月24日第三小法廷判決・裁判集民事207号243頁,最高裁平成12年(受)第1335号同15年3月14日第二小法廷判決・民集57巻3号229頁,最高裁平成14年(受)第1656号同15年9月12日第二小法廷判決・民集57巻8号973頁参照)。他方,検索事業者は,インターネット上のウェブサイトに掲載されている情報を網羅的に収集してその複製を保存し,同複製を基にした索引を作成するなどして情報を整理し,利用者から示された一定の条件に対応する情報を同索引に基づいて検索結果として提供するものであるが,この情報の収集,整理及び提供はプログラムにより自動的に行われるものの,同プログラムは検索結果の提供に関する検索事業者の方針に沿った結果を得ることができるように作成されたものであるから,検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する。また,検索事業者による検索結果の提供は,公衆が,インターネット上に情報を発信したり,インターネット上の膨大な量の情報の中から必要なものを入手したりすることを支援するものであり,現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている。そして,検索事業者による特定の検索結果の提供行為が違法とされ,その削除を余儀なくされるということは,上記方針に沿った一貫性を有する表現行為の制約であることはもとより,検索結果の提供を通じて果たされている上記役割に対する制約でもあるといえる。

以上のような検索事業者による検索結果の提供行為の性質等を踏まえると,検索事業者が,ある者に関する条件による検索の求めに応じ,その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果の一部として提供する行為が違法となるか否かは,当該事実の性質及び内容,当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度,その者の社会的地位や影響力,上記記事等の目的や意義,上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化,上記記事等において当該事実を記載する必要性など,当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので,その結果,当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には,検索事業者に対し,当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である」と判示しています。

Twitterからの投稿の削除

令和元年10月11日東京地裁判決(平30(ワ)66号 ・ 平30(ワ)40232号 投稿記事削除請求事件)において裁判所は、「ある者が刑事事件につき被疑者とされて逮捕されたという事実は,その者の名誉及び信用に直接関わる事項であるから,その者は,みだりに当該事実を公表されないことにつき法的保護に値する利益を有するものというべきところ,当該事件の有罪判決において刑の言渡しを受けてその効力を失った後においては,その者は,前科等に関わる事実の公表によって新しく形成している社会生活の平穏を害され,その更生を妨げられない利益を有するというべきである。もっとも,その者が選挙によって選出される公職にある者又はその候補者等,社会一般の正当な関心の対象となる公的立場にある人物である場合において,その者が公職にあることの適否等の判断の一資料として前科等に関わる事実が公表されたときはもとより,刑事事件それ自体を公表することに歴史的又は社会的な意義が認められるような場合,その者の社会的活動に対する批判及び評価の一資料として前科等に関わる事実が公表される場合等には,当該公表行為の目的,意義及び必要性を考慮し,総合的に判断してその者の前科等を公表することが違法とならないこともあるというべきである(最高裁平成元年(オ)第1649号同6年2月8日第三小法廷判決・民集48巻2号149頁)。そして,このことは,有罪判決が言い渡され長期間経過後に前科等に関わる事項が公表された場合だけでなく,有罪判決以前にインターネット上に前科等に関わる事項が公表され,そのまま閲覧可能な状態に置かれて長期間経過した結果,新しく形成している社会生活の平穏を害され,その更生を妨げられない利益が損なわれることとなる場合にも当てはまるというべきである」と判示しています。

さらに、同判例は、「以上のようなツイッターの役割,性質等に加え,一般的なプロバイダにおける通信記録の保存期間が短いこともあり,投稿者に直接記事の削除を求めることが現実的に容易でないという事情も斟酌すると,ツイッターに投稿された記事について,ある者の前科等に関する事実を摘示して,そのプライバシーを違法に侵害するとして被告に対し削除を求めることができるのは,当該事実の性質及び内容,当該事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度,その者の社会的地位や影響力,前記記事等の目的や意義,前記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化,前記記事等において当該事実を記載する必要性等,当該事実を公表されない法的利益と本件各投稿記事の公表が継続される理由に関する諸事情を比較衡量して,当該事実を公表されない法的利益が優越する場合であると解するべきである」としています※。

※ただし、この規範を変更する高裁判決が出たようですが、判決文は現在まだ公開されていません。

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